第11話 嬉しさと嫉妬
「わ、私の知らないお料理がたくさんあるわね……。どうしましょう……」
「このお店のお料理、全部美味しいから安心」
「ふふ、お噂には聞いているわよ。この街で一番お料理が美味しいお店なんでしょう?」
「うん」
ガランとした店内なだけに、厨房にいてもテトとエルフの彼女の話し声は聞こえている。
「でも、お店はわかりにくい」
——って、余計なこと言うな。
「だ、だけど知る人ぞ知る隠れ家のようになっているわよね。これは店主さんのこだわりなのかしら?」
「安く借りれる場所だったからって聞いた」
「あ、あら……」
——だから余計なこと言うな。
エルフ嬢の困惑したような声が聞こえてくる。
そして、場の空気を変えるように別の話題を振っていた。さすがは大人の女性である。
「えっと……テトちゃんはなにを食べる予定なの?」
「
「オヤコ……ドン?」
「うん。すごく美味しい」
——そうじゃない。美味しさを教えるんじゃない。どんな料理なのか教えるべきだ。
「エルフのお姉さんもこれにする?」
「そ、そうね。テトちゃんが好きな物を食べてみたいわ」
「わかった。その他に気になるメニューある?」
「正直、たくさん気にはなっているのだけど……このオモチって言うのはなにかしら」
「もちもちしてて美味しいお料理」
「へえ……」
テトの接客が通用するのはこの店だけだろう。
実際にこれがウケているわけではあるが、材料は何を使っているか等、後々説明できるように教育することにしよう。
その方が親切なのは間違いない。
「それじゃあこのチーズオモチの在庫があればよいかしら?」
「わかった。お姉さんお酒は飲む?」
「お、お酒は……」
「お酒を注文すると、お酒に合うお料理が一品ついてくるシステムになってる。みんな注文してるからオススメなの」
「そ、そうなのね。じゃあ……えっと、このミッチェルをいただこうかしら」
「わかった。その他は大丈夫?」
「ええ、以上で結構よ。あっ、今一度店主さんにお礼を伝えてもらえるかしら」
「うん」
そんなオーダーを聞き終えると、テクテクと歩幅の短い足音が近づいていく。
「レン、親子丼が一つ。チーズオモチが一つ。お酒はミッチェルで、『ありがとう』って伝えてだって」
「ん、伝言も受け取った。あとは全部俺がやるから、テトはご飯を食べる準備をしていいぞ」
「……レンのご飯はまだ残ってる? わたしのご飯、半分食べる?」
「残ってるから安心しろ。てか、お前は育ち盛りなんだから、ンなこと気にせずいっぱい食え。わかったな?」
「ありがとう。わかった」
「じゃあほら、早く着替えてカウンターに座っとけ」
コク。
大きく頷き、厨房から出ていく。
『楽させてるな〜』なんて思うかもしれないが、『一人でご飯を食べるのは寂しい』というテトの理由で閉店時間にエルフの客を中に入れたわけである。
この理由を崩すわけにはいかない。
お腹が空いているから早めに飯を食わせたい。そんな理由で切り上げさせたわけではない。決して。
* * * *
「エルフのお姉さん、隣に座っていい? お仕事終わったの」
「ふふ、お疲れさま。もちろん大丈夫よ」
「ありがとう」
それからのこと。
仕事着から着替えたテトは、エルフ族のサンドラの隣に座り、通常運転で話していた。
「ね、お姉さんのお名前はなんて言うの?」
「私? 私はサンドラ・レーテル。気軽にサンドラって呼んでくれると嬉しいわ」
「わかった」
コミュニケーション能力が高いのはお互いに同じ。
「サンドラお姉さんは、どうしてこの街に来たの? 初めてって言ってたから」
「簡単に説明をするとお仕事の関係ね。私は冒険者をしているの」
「そうなんだ。このお店にも冒険者さん来るよ。たくさんお酒飲んでいくの」
「冒険者はその……お酒を飲んでこそ形になるみたいな感じだものね」
「うん。『お酒が飲めない冒険者は冒険者じゃない』とか言ってた」
「そうなのよねえ……」
「だからサンドラお姉さんはさすが」
「さすがって?」
「ミッチェルはすごく強いお酒で、罰ゲームで飲むようなお酒だから」
「……えっ!? そ、そうなの!?」
「うん。知らなかった?」
「ば、罰ゲームで飲むお酒だとは知らなかったわ。……可愛い名前をしてるのに、そんなに強いお酒なのね……」
ボソリと。
そして、その顔は妙に引き攣っている。まるで『弱いお酒』との予想が外れてしまったかのように。
「ち、ちなみにテトちゃんはここでどのくらい働いているの? 店主さんとの関係を見るにやっぱり長いのかしら」
「うーん。働いて一ヶ月も経ってないと思う」
「っ! そんなに短かったの?」
「うん。だけど同棲してるから、すごく仲がいいの」
「あら、つまりそう言った関係で?」
「恋人さん」
尻尾を揺らしながら事実無根なことを答えるテトである。
「ふふっ、それはいい恋人さんを作ったわね。店主さんすごく優しい方でしょう?」
「わかるの?」
「もちろんよ。閉店時間なのに嫌な顔をせず受け入れてもらっただけでなく、私のような種族に対しても平等に接してくれたもの。エルフって長寿な種族だし、耳もこうなっているから気持ち悪がられたりするの」
長く尖った耳を指でさし、『仕方がないけれど』と含んだ笑みを見せるサンドラ。
「そんなわけだから、飲食店だと『一緒にご飯を食べたくない』なんて言われたりもするの」
「それは大変……」
「もう慣れっこだけど、やっぱり嫌な気持ちになっちゃうわよね」
「このお店はそんなことないから、また来てね。なにかあったらレンが助けてくれるから」
「ありがとう。じゃあその時はテトちゃんの恋人さんをお借りするわね」
「うんっ」
何度も頷いて嬉しそうに耳をピクピク動かすテト。
そんな時、おぼんを手に持って現れるのはレンである。
「おいテト。お前はなんでお客さんに堂々と嘘ついてるんだよ。あ、恋人じゃないので」
「へっ?」
「……」
テトへのツッコミからサンドラへ訂正すると、彼女は頓狂な声を。狐娘はあからさまに視線を逸らす。
「いや、バレるのはわかってただろうに。っと、お先にお酒のミッチェルとつけあわせです」
テトの相手ばかりしていられない。
レンは酒をカウンターに置き、おつまみ料理を一品、二品、三品と並べていく。
「あ、あら? お酒に対して品数が多くないかしら。テトちゃんからは一品と聞いていて……」
「この嘘つきに付き合ってくれてくれてるお礼です。と、これを言うのもなんですが、今日の余り物なのでお気遣いなく」
今は並行して親子丼も作っている。レンは一礼してすぐ厨房に戻っていく。
そんな後ろ姿を目を細めながら嬉しそうに見つめるサンドラに、テトはすぐ横槍を入れる。
「サンドラお姉さん、レンはわたしの……」
『いい恋人さんを作ったわね』そう褒められたからこその言葉。
テトは初めて嫉妬の気持ちを見せていた。
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