第10話 来店
翌日。日も暮れ、夜も静まり返る時刻、23時。
「あ゛〜。疲れた……。めっちゃ疲れた……」
閉店時間となったイザカヤでは、カウンターに手をついてガクッと首を落とすレンがいた。疲労困憊といった声を漏らしてた。
「でも、すごく繁盛した」
「お前のおかげでな」
「むふ」
自慢げで嬉しそうなドヤ顔はまあ可愛くもあり、ムカつきもする。
どこからテトの話が広がったのかはわからないが、最近はコイツに会う目的で来る客が増えたのだ。
しっかり計算してはいないが、コイツを雇ってから客足がさらによくなった。一生懸命手伝ってくれることで回転率も上がった。
また、お小遣いまでもらう才能を持つ狐娘は間違いなく第一戦力である。
「てかさ、普段以上に疲れてるのはお前のせいなんだが。寝室に忍び込むならまだしも、ヤラシイことしやがって」
「……そんなこと言って、満更じゃなかった。レンは」
「そ、それはお前に怒りをぶつけてただけだ。熟睡中に無理やり起こされたんだから。勘違いすんな」
「変な空気になった。恥ずかしいお話は……もうやめよう」
「……お前以上に言ってることとやってることに矛盾があるやつ、この先も見ることはないだろうな」
裸を見られても恥ずかしくないくせに、なんなら襲ってくるくせに、こんな話題だけはすぐ恥ずかしがる。
正直、なかなかに理解できない。
「ああそうだテト。外にある看板、取ってきてくれるか? もう営業も終わりだから」
「わかった」
「ササクレが指に刺さらないように気をつけてな」
「心配ありがとう。そのお仕事が終わったらご飯……?」
「ご飯でいいぞ。お腹も空いてるだろうし。なにが食べたい?」
「
「はいよ」
「じゃあ看板取ってくるね」
「はいよ」
そんな細かい動きを報告するように指示しているわけではないが、コイツらしい几帳面さである。
「さてと、ちゃちゃっと作って家帰るか……」
ご飯が嬉しいのか、フリフリ尻尾を動かしながら出入り口の向かうテトの後ろ姿を見ながら、キッチンに向かうレンは、手を動かし始める。
「……あれ? 看板取ってくるだけなのに、遅くないか?」
それから何分が経っただろう。
いつになってもテトが戻ってこない不安に襲われた時である。
出入り口が開き——。
「……へ?」
頓狂な声を上げ、目を大きくするレンがいた。
その視界に映るのは、看板を持って店内に戻ってきたテトが、なぜかエルフ族の手まで握っているところ。
「レン、もうダメ……?」
「いや、ダメって言われても……なんで看板を取りに行ってそうなっちゃったの?」
驚きのあまり口調が変わってしまう。
テトの隣にはいる。金糸のように綺麗な金髪に青の瞳を持った美人なエルフが。
「あ、あの……本当にごめんなさい。閉店のお時間でしょうからまた来させてもらうわね」
「待って」
落ち着きのある声。困惑げなエルフが気を利かせて去ろうとすれば、すぐに引き止めの声がかかる。
物腰の低さと丁寧な態度、常識のある彼女を見る限り、テトが無理やり引っ張ってきたのは間違いないだろう。
「レン、このお客さん、ずっとこのお店を探してた。だから……ダメ? お腹も空いてる。お腹が鳴ってたの」
「っ!」
「……」
確かに必要な情報だが、もっと言い方はなかったのだろうか。赤面してしまっている。
「あのね。だから、(わたしの)ご飯を食べさせたい」
「……そうかい」
閉店時間であることは知っているはずだろうに、テトだってお腹が空いているだろうに、この優しい物言いができるのは、過酷な過去を体験しているからか。
本気でご飯を譲ろうとしている。
「えっと、あのーお客さん。コイツ今からご飯食べるんだけど、一人だと寂しいみたいなんで一緒に食べてもらえないです……? 材料的な問題で注文通りのメニューが出せない場合もあるんですが……」
「だ、だけど閉店のお時間でしょう? ご好意に甘えるのは大変申し訳ないわ」
眉根を下げて、手をパタパタしながら遠慮を見せるエルフ。
この言葉に頷けば、早く帰ることができる。
こんな例を認めてしまえば、今後苦労してしまう可能性も高い。
だが、『ずっとこのお店探してた』『お腹も空いている』なんて言われたら、帰すことは忍びない。
なによりテトが自分の手で連れてきた第一号のお客さんなのだ。
勝手な行動は褒められないが、ここはもう割り切るべきだろう。
「おいテト。一人でご飯食べるのは寂しいよな?」
「寂しい」
「このお客さんと一緒にご飯食べたいよな」
「食べたい」
「もしこのお客さんと一緒にご飯が食べられなかったら?」
「…………泣く」
間がありすぎた。
今、即席で考えたものだというのは絶対にバレただろうが、協力することにする。
「……ってことらしいので、コイツのために俺からお願いします。コイツが泣き始めたらもう店のものを壊し始めるので。な、テト」
「うん。壊す」
「ふ、ふふっ」
自然と漫才のような流れになってしまったからか、手を口元に当てて控えめに笑われる。この上品さを少しテトに分けてもらえないものか。
「本当にありがとうございます。それではお言葉に甘えて」
「いえいえ。それじゃあ適当な席にどうぞ」
「はい。テトちゃんもありがとう」
「気にしないで」
カウンターの席に彼女が座ったことを確認し、レンは親子丼の準備を再開する。と、足音が近づいてくる。
「あ、あの……レン」
「ん?」
首を動かしてテトを見れば、なにやら申し訳なさそうに肩をすくめている。
「その……閉店なのにごめんなさい」
エルフの彼女に聞こえないように、小声で。
『こんな気遣いはできるのに、どうして夜の睡眠を邪魔してくるのか』そんなツッコミを心の中で入れるレンは眉間にシワを寄せる。
そして、テトの頭に手を置いて乱暴に撫でながら言うのだ。
「テト。お前の仕事は俺に謝ることじゃないだろ? 連れてきたお客さんの接客、一生懸命してこい」
「う、うん……っ」
「接客とオーダーの確認が終わったら、あのお客さんと一緒にご飯食べるんだぞ。いい客引きをしてくれたご褒美なんだから遠慮なく食え」
「レンのこと……好き」
「いいから仕事に集中しろ」
撫でるのをやめ、変なことを考えるその頭を鷲掴みにして追い出す。
今思えば、テトの頭に手を置いたのは初めてかもしれない。
てか、コイツのせいで手を洗う手間が増えた。
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