第8話 勝手に
それからのこと。
宝石を売ったり、レシピを売ったりしてお金を作ったレンは、テトの残りの借金を無事に払い終えていた。
そして、テトの安全や自由が保障された3日後のこと。
「
これはもう慣れた出来事である。
魘されながら布団を捲れば、いる。
体の上に乗りかかったまま、なぜかこちらを見ているテトが。
起きているのにも関わらず、なぜかこの体勢を維持している。
「……んあ? お前……起きてたのか……」
「起きてた」
目を擦りながら、5500万円の狐娘と会話する。
ボヤけた視界のまま顔を合わせれば、テトはぱっちりと目が開いている。
目を覚まして30分以上は経っているような、睡魔も消えたような顔だ。
「あのさ、起きたなら
「……」
「昨日も言ったけど、体の上に乗られると重いんだよ。その尻尾の毛も暑いんだよ」
「重くない。暑くない」
「そりゃお前にはわからないだろうな」
こちら側を体験していないのだから当然だ。
当たり前のツッコミを入れる。
「てか、朝ご飯を作る仕事は? そうやってる暇ないだろ?」
「まだ朝も早いから。あと20分後に動く」
「あー、なるほどな……」
今の時間を見てなかったせいで、言い負かされてしまう。
一応、テトも毎日イザカヤで働いている身である。ここら辺を急かしてしまうのは可哀想だろう。
こちらにとって一番負担が掛かることと言えば、コイツが体調を崩すことでもあるのだから。
「……なあ、とりあえずそこを退こうか。なんで喋ってる間もそこから動かないんだよ」
「ここが一番落ち着く」
「『じゃあしょうがないな』ってなるわけないだろ」
「このベッドはわたしが買った」
「一応、プレゼントとしてもらったわけだが?」
テトを拾って数日後、今まで使っていたベッドを渡したのだ。
このベッドはそのお返しとしてプレゼントされたもの。
「わたしがお金を出したから、自由に使う権利はあると思う」
「ほう? その理論なら、お前に金を出した俺は、お前を自由に使う権利があるってことになるけど」
「ん。追い出す以外なら、自由に使っていい」
「……いいんかい」
「する?
「なんだよそれ」
「……い、言わせないで」
小声になって恥ずかしそうに顔を伏せた。耳がピクピク動き始めた。太い尻尾まで動き始めた。
この反応でわかる。
そして、コイツから言ってきたことなのになぜ照れるのかは疑問だ。
「まあ疲れるからしない。てかお前、昨日も誘ってきただろ。どうなってんだよその性欲」
「この時期はこうなる……の」
「じゃあ一人で勝手にしとけ。あ、前みたいに汚すなよ」
あの時は大変だった。本当に大変だった。
ベッドが使い物にならないくらいの濡れた形跡があり、掃除だけでたくさんの時間を使ったほど。
その時のオカズが自分だったと繋がった時は、もう言葉にならない気持ちだった。
「じゃあ我慢する」
「待て待て。それしたらいつか襲ってくるだろ。お前」
「うん」
「『うん』って……」
5500万円をかけてどうしてこんなに手間のかかるヤツを拾ってしまったのか……。
一応、家事は真面目に行ってくれる。職場でもしっかり手助けをしてくれる。
——が、自宅での暴走具合が半端ない。
テトを知る客は想像もしていないだろう。こんな一面を持っていることを。
もちろん、こんなことを客に言えるはずもない。
「……まあ、とりあえず俺はもう起きる。腹減った」
「じゃあご飯作るね。レンも一緒に作る?」
「……ん? 凝った料理が食べたいのか?」
テトが作れる(作れる)料理は本当に簡単なもの。パンに肉と加熱した卵を挟んだような料理だ。
ちなみに、一緒に料理をする時にはスープやおかずが追加される。
「ううん、レンとお料理がしたい」
「……別にいいけどさ。そのくらいなら」
こう言われたら悪い気はしない。
「あと、ご飯を食べてお掃除が終わったら……少しだけお外に出てもいい?」
「それもいいけど、今日で2日連続だな。なにかしてんのか?」
「なにもしてない」
「……怪しいなぁ。まあ悪いことしてないならいいけど」
「ん、悪いこともしてない」
「じゃあ昨日と同じで14時までには帰ってこいよ。今日も仕込みするから」
「わかった」
話が終わり、テトを退かしてベッドから起き上がる。
今気づいたことがある。
この会話が終わるまでずっと体の上にコイツが乗っていたことに。
* * * *
「レン、ただいま」
「おうおかえり」
テトが外から帰ってきたのは、13時30分。
しっかりと14時の時間を守ってくれた。そして、コイツの右手にはオシャレな柄の布袋が二つ握られていた。
「……で、どんな贅沢をしてきたんだ? その袋のやつ」
「気づかれた」
「そりゃ隠そうともしてなかったしな」
かなりいい商品を購入できたのだろう。見るからに嬉しそうなオーラが漂っている。
「で、その中身はなんなんだ?」
「一つはレンにプレゼント」
「は? お、俺に?」
「うん」
全部自分用に買ったのだろうと考えていたが、全然違った。
「はいどうぞ」
「お、おう……」
当たり前に手渡され、動揺しながらも受け取る。
「開けていいよ」
「おう……」
プレゼントにベッドをもらっているが、あれは二人で一緒に買いに行ったものである。
今回はテトが一人で買いに行ってくれたもの。感覚が全然違う。
ドキドキに襲われながら、ゆっくりその布の袋を開ければ、銀に輝く何かがあった。
「おお……。カッコいいネックレスだな」
「嬉しい?」
「ま、まあ嬉しくないわけじゃない」
「ふふ、よかった」
ここで素直に喜べればいいのだが、そんな性格ではない。
申し訳なさに心が包まれるが、テトはその性格を察しているように笑った。
「って、これ高かったろ? 青の宝石までついてるし」
「……サービスしてくれた」
明らかな間があった。
「お前、値切らせたな? ベッドまで買ったのに、これを定価で買えるような金を持ってるとは思えん」
「……サービスしてくれただけ」
「あざとくいきやがったな」
ここだけの話、テトを食材の買い出しに行かせれば全部安く買ってくるのだ。
今までは『可愛いお嬢ちゃんだねえ。お使い頑張ってるからサービスだ!』との店のサービスで。
そして、最近は『可愛さ』を出す術を使うようになった。
尻尾を振ったり、作り笑いを浮かべたり……。
その現場を目撃しているわけである。
「まあ、ありがとな。そこまでして買おうとしてくれて。嬉しいよ」
「わたしはなにもしてない」
「そうか。なにもしてないか」
「ん」
にわかには信じられないが、そう言うことにしておく。
レンはプレゼントにもらったネックレスをつけ、首を傾げる。
「で、テトはテトでなにを買ったんだ?」
「教えない」
「え、マジで?」
「うん」
教えてくれる流れかと思っていれば、まさかの返答である。
『マジ?』の言葉を証明するように、部屋に戻っていったのだ。
そして14時。
仕込みをするためにテトと一緒に外に出た際、気づいた。
コイツの首に、青のネックレスがつけられていたことを。
そう言えば、布の袋は二つとも同じものだった。
「まったく……」
勝手にお揃いにしてくれやがったテトだった。
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