第5話 自己主張
仕立て屋から退店し、簡単な買い物をして帰宅したその後。
「レン、似合う? これ試着の時にも見せてないお洋服」
「おおー。いい感じだな。うん」
「似合ってる?」
「ああ」
「わたしに似合う?」
両手を広げながら、『似合う』と言うたびに一歩近づいていくるのは、狐娘のテトである。
「……なにお前、それ言わせるつもりか?」
「言わせたい」
「はあ。はいはい似合ってるよ」
「可愛い?」
「はいはい可愛い」
「むふ」
黒のエプロンドレスに身を包むテトを適当に褒めれば、満足との声を漏らして尻尾を揺らしてくる。
こんな純粋な姿を見たら、恥ずかしがらずに素直に褒めればよかったと反省してしまう。
こうしたことを褒めるのは苦手なレンなのだ。
「ね、今日買ったお洋服、全部で1万円……?」
「サービスしてくれたからな。ほら、さっさとこの服をクローゼットにでも
「うん」
「ちょっと待ってくれな。考えるから」
今までずっと一人暮らしをしていたのだ。収納ケースも足りる分だけで済ませていたことから、予備もない。
そして、今日買ったものにはテトの下着も含まれている。
さすがに一緒に収納するのは好ましくないだろう。
人狐族に思春期があるかどうかはわからないが、まだ少ししか過ごしていない相手と一緒にするのは抵抗があるはずだ。
なかったらむしろこちらが驚く。
「よし、思いついた。いっそのこと今使ってる寝室をお前に部屋にするか。あの部屋ならクローゼットもあるし、いろいろ便利だろうし」
「いいの?」
「別にいい」
「……レンのお部屋は?」
図太いくせに確認しなくていいことを——実際には確認してほしくないことを確認してくるテトの性格はどうにかならないのか考えものだ。
「俺はリビングがあるからいいんだよ。寝室の隣は物置き部屋になってるから、そっちに物を移せば問題ないし」
「……レンに職場を紹介してもらえてお給料をもらえたら、わたしからベッドプレゼントする」
「ほーう? 言ったな」
「言った」
「じゃあ約束な」
「ん、約束」
正直、ここを甘えるのは
さすがにコレを見たら好意に甘えるしかなかった。
もし断れば、しょんぼり三角の耳が落ちるのは予想するまでもないのだ。
「……まあ、そのためには家事をこなせるようにならないとだけどな。家事ができるようになったら、最低限はイザカヤで働けるだろうし」
「もしわたしが働けるようになったら、わたしもお料理作る?」
「んー。基本的には接客と配膳と後片付けだな。余裕があったら皿洗いもしてもらう。まあ、仕込みも一応してもらうかもだけど」
口に出してみて『なんか仕事多くね?』と他人事ながらに感じたが、その分、給料を出せば文句は出ないだろう。
「レン、仕込みを教えてほしい」
「簡単に言ったら料理を提供するための前準備だな」
「……すごく大変そう」
「お金を稼ぐってのは大変なことなんだよ」
「なにかわからないことがあったら、頼っていい?」
「その状況で頼らなかったら怒る」
「わかった」
本心を言えば、テトをイザカヤに派遣するのは不安である。
が、それは家事を上手にこなせていない彼女を見ているからだろう。
あともう少し時間が経てば、少しは印象もマシになるはずだ。
「まあ、イザカヤうんぬんも家事がある程度できるようになってからの話だな」
「ん」
「じゃあ、クローゼットの中を空にしてくるから、それまでは適当に過ごしてていいぞ。外に出たから疲れたろ?」
「ううん。お手伝いする」
「せっかく休憩する時間を作ってやったってのに……。じゃあ手伝いよろしくな」
「頑張る」
休んでもサボったことにはならないのに、本当に律儀な狐娘である。
掃除の時のように余計な手間を増やさないか……そんな嫌な予感はしたが、『頑張り屋さん』なのはさすがだった。
いつか素直に褒めたいと思う。
* * * *
「そう言えばお前さ」
「なに、レン」
「そうそれ。いつの間にか呼び捨てにしてね」
「……ダメ?」
「いや、いきなり変わったから、どんな心境の変化があったんだろってな」
「……いろいろ」
「ふーん、まあいいけど」
珍しく言葉に詰まったようなテトは、そう濁してクローゼットの中の衣服を整理してくれてた。
時折、テトの尻尾が足に当たる。しかもなんか巻きついてきたりする。
とりあえず尻尾の動きは自分で制御できるものなのか、そうでないのか、これもいつか聞いてみようと思う。
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