第4話 盗み聞き

 それから数十分を使って服を選び終えた後。

 テトは両手いっぱいに持った服を店主の元まで運び、おずおずと会話をしていた。


「……お、おじさん。さっきレンと話してたイザカヤ……教えてほしい。わたしの知らない言葉だった」

「『イザカヤ』って言うのは、大将が営業してる飲食店の名前でな。いつ開くかわからねえ店なんだが、運のいいやつしか入れねえって言われるくらいの人気店なんだ」

「いつ開くか決めてないの……?」

「大将は面倒くさがり屋だからなぁ。毎日営業しようものなら、とんでもねえ売り上げになるだろうに、それをしねえんだよ。お嬢ちゃんからも『サボんな』って言ってくれねえか?」

「店長、こっちまで聞こえてるからな〜」

 入口付近の椅子に座るレンは、ヤジを入れるようにツッコミを飛ばす。

 テトを店主と二人にさせたのはレンの仕業しわざ。というのも、会話をするキッカケを作らせたかったのだ。

『外は怖いところではない』そんな印象を持ってもらうためにも。


「そう言えば、レンの作るお料理はすごく美味しい」

「だろう? なんたって王家直属の料理人が視察っていうか、こっそり勉強しにくるくらいなんだから」

「え」

「料理の腕を見込まれて王城に呼ばれたこともあるんだぜ? あの大将」

「知らなかった」

「大将は自慢するようなタイプじゃないからなあ。そのくせ蒸すとかいぶるとか変な料理法を編み出したり、生の魚を使ったりとんでもねえことばっかりするんだよ」

「初めて聞くのばかり……」

「だろ? 若ぇくせに、とんでもねえ奴だよ。大将は」

 台の上でテトが運んできた服で一着一着を見ていく店主は、『さて』と言葉を続ける。


「お嬢ちゃん。そこに試着室があるから着替えてきな。見たところ全部似合うとは思うが、最終確認は必要だからな。もしなにも問題なかったら、尻尾を通す穴を作ってやる」

「わかった。ありがとう」

 そうして再び両手に服を抱え込んだテトは、試着室に入っていくのだ。



 * * * *



 その後——。


「大将、あのお嬢ちゃんのことだけどよ」

「ん?」

 店長は心配の声をレンにかけるのだ。


「これは言いにくいんだが……あの子、いわく付きだろ? 大丈夫なのか」

「ッ、よくわかったなぁ……」

「そりゃわかるさ。異種族ってこともあるが、大将に懐いてるくせに、あんさんのことはほとんど知らねえんだから」

「それもそうか」

 信頼のおける相手だからこそ、素直な気持ちを打ち明けられる。


「まあ、『大丈夫なのか』って聞かれたら大丈夫じゃないわな。このまま何事もなく……っていうはずがないし、いつか必ずツケが回ってくると思う」

「そ、それを覚悟してるならオレから言うことはねえが……。どんな理由で曰く付きになったんだ? あのお嬢ちゃんは」

「簡単に言えば、母親が作った借金をテトに押し付けて逃亡」

「チッ。そりゃ酷えことしやがる……」

 レンの隣に腰を下ろす店主は、苦虫を噛み潰すような表情で吐き捨てる。

 この男もまた一人の親なのだ。

 やるせない気持ち、怒り。そんな感情が沸き立つのは当然。


「……で、お嬢ちゃんに押し付けられた借金額はどのくらいだ?」

「それは聞いてない」

「は!?」

「いや、だって聞けるわけないだろ……。相当なダメージを負ってるアイツにそんなことは……」

「お、おいおい。気持ちはわかるが、そりゃダメだろ……」

「だ、大体、母親の借金だ。テトに教えてるはずもなければ、知ってるはずもない」

「それは一理あるが……間違いなく相当な額だぜ? その借金」

「だろうなぁ。利子を含めると目玉が飛び出る金額なはずだよ」

 深いため息を吐くレンは、太ももをパンと叩いて空気を変えるように声色を上げる


「まあ、払えなかったら借金でもして金を作るよ。幸い、稼ぐ手段がないわけじゃないし、どうにでもなる」

「そんな義理はねえはずなのに、本当お人好しだよな、大将は」

「拾ったからには責任を取るしかないだけだっての。……それに、アイツは結構いいヤツなんだよ。今のところ手間を増やしてばっかりだが、とにかく頑張り屋で」

 まだ少ししか関わってないが、テトが手を抜いているところを見たことがない。

 朝早く起きれられるように、できるだけ早く就寝する。

 図太いが、芯が通った性格をしているのだ。


「幸せになってほしいって思うくらいなんだな」

「いや、それは言い過ぎだ」

「大将は素直じゃねえなあ、相変わらず」

「うるせ。もうサービスせんぞ」

「ちょ、それはナシだろ!?」

「冗談だ冗談。とにかく、そんな感じだ」

「それをお嬢ちゃんに聞かせりゃ、もっと安心させられるんじゃねえのか?」

「……ンな恥ずかしいこと言えねえわ」

「ガハハッ、確かにな」


 大人二人が話す中。

 試着室の中でカーテンに三角の耳を当ててピクピク動かしているテトは、ピンと太い尻尾を立てていた。


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