3-6
「彼は問題を抱えていたのか?」
消え入りそうな声でアンドリューが問うと、レナードが頷いた。
「そうでなければ、この事件は起こっていない。どんな人間にも秘密はあるものだ」
「友人だと思っていたのに……」
寂しそうな表情を見せるアンドリューの肩を叩くとレナードはこう続けた。
「友人だからこそ、相談ができなかったのかもしれない。君の方法は間違っていたが、亡くなった友人のために何かをしたいという気持ちは伝わっているさ」
アンドリューはレナードの下ろされている手に視線を向けた。
「その手のこと、すまなかった」
「大したことないさ、君は?」
「まあ……大したことない」
微妙な顔で腹をさするウェントワースに喉の奥で笑いかけながら、レナードが続けた。
「また分かったことがあったら君たちにも報せるよ」
アンドリューは眉尻を下げながら答えた。
「ああ、頼む。悪かったな、二人共」
アンドリューらと分かれて部屋を出ると、レナード達は廊下で彷徨うように歩くポッツ警部に行き会った。
「ポッツ警部?」
レナードが声をかけるとこちらに気付いたのか髭面の警部が俊敏な動きで駆け寄ってきた。
「リーヴス君! それに、ハード=ウッド君。君たちを探していたんだ。至急知らせたいことがあってね」
「何か分かったことがあったんですね?」
レナードが問うと、ポッツ警部は素早く周りを確認して、声を落としながら耳打ちをしてきた。
「ああ。ジョン・ロウの司法解剖の結果が出た。死因は大量の睡眠薬による、薬物中毒。つまりオーバードーズを引き起こした可能性が高いということだ」
「薬物中毒……」
ウェントワースは、部屋にあったという空になった睡眠薬のことを思い出した。満たんにあったはずの中身が消えていた理由。つまり、
「ジョン・ロウは自殺をはかっていた、ということか?」
間髪入れずにレナードが答える。
「いや、それは分からない。ストレスによる過剰摂取か、大量の薬物を飲むことで多幸感を得たかったのかもしれない。どちらにせよ、彼は殺されたわけじゃなかったということだ」
「でも彼が見つかったのは、中庭の銅像の前だ。しかも、銃で撃たれている!」
ポッツ警部がこれに口を開いた。
「人は死ぬと死斑というものが現れる。通常、重力に従って血が溜まっている方に出来やすいが、ジョン・ロウの遺体にはそれが前面に現れていた。つまり彼は死亡した後、その場所から運ばれた可能性がある」
レナードが口端を吊り上げるようにして笑った。
「これで、ジョン・ロウが裸足だった理由が分かった。彼は夜中に出歩いていたわけじゃない。死亡後、誰かに運ばれ、もう一度無慈悲に殺されたんだ」
「誰が……一体何でそんなことを」
レナードの緑の瞳がきらりと光った。
「彼の部屋を徹底的に調べよう。そうすれば自ずと答えが出るはずだ」
寮で動きがあったのは、その日の未明のことだった。人影は暗闇の中で目当ての部屋に辿り着くと、緩慢な動きで扉を開けた。影は僅かな音も鳴らさず部屋に忍び込むと目的を果たすために素早くベッドシーツに手をかけた。違和感に気付いたのはその直後のことだった。誰もいないはずの部屋の中に誰かが立っていたのである。慌てて出ようとするが、扉は閉まっていて開かなかった。
「何かお忘れ物ですか、ホプキンス先生」
艶やかな声とともにランプに明かりが灯される。そこに立っていたのは、金髪緑眼の青年、レナード・リーヴスだった。
突然の光に目が慣れず、ホプキンスはレナードに向けて手を翳した。
蝋燭の光を受けて妖しく光る青年が、甘美な声で問いかけた。
「何をしにこちらへ?」
「おお……ここへはチューターをした時の忘れ物を取りに来たのだよ」
レナードは、半ばうっとりとした表情で言葉を返すホプキンスに歩みよると、手に持っているものを顔の前に掲げた。
「あなたが探しているものはこれですね、先生」
それは、うっかりすれば見失ってしまうほどの細さの人間の毛だった。その色はくすんだ灰色をしていた。
「これが、見つかった場所が分かりますか?」
ホプキンスが唸るような声を上げながら後退りしていくが、構わずに続ける。
「あなたの授業はどうやら、ベッドの中で行うものだったようですね。あなたが持ち去ろうとしたシーツを調べればもっと出てくるでしょう」
やっと正気に戻ったホプキンスが吠えた。
「なんのことだが、さっぱり分からない!」
「では、事件当日。ジョン・ロウの身に何が起きたのか詳しくお話ししましょう。あの日、いつものように授業を終え、あなたが出ていった後、ジョン・ロウは大量の睡眠薬を飲み眠りにつきました。そして、彼はその後薬物中毒を引き起こし死亡してしまった。未明近くになり、あなたは再び彼の部屋に夜這いを仕掛けた。そこで見たものは、性的暴行を受け、そのストレスから逃れるために薬物中毒を引き起こし死亡したジョン・ロウの姿だった。彼が薬物で死んだと分かったら、自分の存在が明るみに出かねないと思ったあなたは、死の偽装をすることを思い立った。彼を担ぎ、正門の前に連れて行ったあなたは銃で彼の身体を撃った。そして、再び寮に戻りジョン・ロウとトラブルの絶えなかった生徒ウェントワースを選び、彼に罪を被せるために拳銃を彼の部屋においた。これが真相です」
レナードがくぐもった声で笑った。
「言葉にしてみれば、ものすごく単純でおざなりで悪意に満ちているな」
「そんなものは、証拠にはならない!」
「それはどうだろう。今頃ポッツ警部があなたの部屋を調べている。きっと証拠になるものが出てくるだろうな」
ホプキンスは懐に手を入れると、拳銃を抜いた。すると、後ろのドアが開かれ、ウェントワースがそのままの勢いで思い切りタックルをかました。
吹っ飛ばされたホプキンスの手から拳銃を奪うと、その銃口を倒れた相手に突きつけた。その拳銃は、押収された銃と同じタイプの物だった。
「もう撃ち方は分かる。あなたが僕の部屋に置いてくれたおかげだ、観念しろホプキンス」
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