3-5



 その日の夜はなかなか眠りに就くことができなかった。何度も寝返りを打ってブランケットの位置を直しながらウェントワースは考えていた。

 一体誰がどのような理由で、犯人は自分に罪を被せようとしたのか。その心情を察しようとすると、暗く濁ったものが溢れそうになる。しかし、ただ一人自分のために立ち上がってくれた者がいることを思い出してウェントワースはぐっと堪えた。

 今は妄執に駆られているときではない。一刻も早く犯人の手がかりを探さなくてはいけなかった。


 青年はその小さな光を頼りに暗い道を突き進むことを選んだ。




 噂というのは早いもので、一人の吹聴が一日足らずで生徒全域に伝わっていたりする。

 どうやら自分が警察に調書を受けていたという噂はまたたく間に広がってしまったらしい。

 今日から再開し始めた授業を終え、自室に戻ろうすると、あっという間に周りを数人の生徒に囲まれた。その筆頭となっている生徒をよく知っていた。ジョン・ロウの後ろにいつも引っ付いていたアンドリュー・デヴァイスだ。

 アンドリューはウェントワースを他の生徒に羽交い締めにさせると、人気のない部屋に引きずり込んだ。猫の毛のように跳ねた前髪を触りながら、アンドリューは口を開いた。


「君がなぜこのような扱いを受けているか分かるか、ウェントワース?」


「さあ、逆立ちしても分からないな」


 瞬間、みぞおちに鈍い衝撃が走った。激しく咳き込むウェントワースの胸ぐらを掴んでアンドリューは震える手で声を荒げた。


「とぼけるな! 拳銃を部屋に隠し持っていたそうじゃないか。ジョンを殺したのは、お前だろう!?」


「殺してな、い。僕じゃない」


 アンドリューはもう一度ウェントワースの腹を殴ると、取り囲んでいる生徒に目線で指示を出した。

 運ばれてきたのは鉄板の上に乗せられた指輪だった。それがただの指輪ではないことは一目で分かった。熱せられて赤々と燃えていたからである。


「俺たちはこれ以上殺人犯と寝食をともにする気はない。これは神判だ。指輪を手に取れ」


「そんなことをしたら……」


 アンドリューが残忍な笑みを浮かべた。


「神判だといっただろう。果たして君が本当に罪を犯していないかどうか、全知全能なる神に判断してもらうのさ。指輪を拾い上げた後、その手を袋に包んで封印し、火傷の徴候が現れなければ無罪。現れれば有罪とする」


「こんなことに意味はない、ただの見せしめだ!」


 ウェントワースが叫ぶとアンドリューは急に舌にもつれるような甘ったるい声を出した。


「ウェントワース。これは学校の秩序を守るために必要なことなんだ。君も疑われるままなのは辛いだろう? これはチャンスを与えているんだよ。指輪を取れば、君は万人に無実だという証明ができる」


「……」


 ごくりと喉を鳴らしながらウェントワースは指輪を見た。指輪を取るだけで、信用を得られるならそれはひどく簡単なことに思えた。

 ウェントワースがそれに手を伸ばしかけた矢先、後方の扉が開いた。現れた人物は部屋の様子を確認して一言告げた。


「面白いことをしているな」


 金髪を翻しながら颯爽と現れたレナード・リーヴスは相反する二人に大股で近づくと、鉄板の上にある指輪を躊躇なく拾い上げた。

 じゅっと肉の焼ける嫌な音が響いてウェントワースは色を無くして叫んだ。


「レナード!!」


 その熱さをものともせず、握り込んだ手を離さずにレナードは続けた。


「アンドリュー、君は勘違いをしている。神判とは、野蛮な時代に生まれた奇妙な習慣のひとつだが、それは共同体内部における合意形成の手段であって、その実態は自白を引き出すための拷問や刑罰に過ぎないことだ。つまり、君が行っていることは呪術や迷信に相違ないことであり、この事件における魔女は君の方だ」


 レナードの指から指輪がすり抜ける。それが床を弾いたのを皮切りに、ウェントワースは纏わりつく腕を振りほどくとレナードに駆け寄った。

 アンドリューが不愉快な声を出した。


「僕が魔女だって?」


「君の杞憂は最もなことだが、アンドリュー。今現在ジョン・ロウの死因の特定が行われている。それを待ってからでも遅くはないという事だ」


 アンドリューが怪訝に眉を顰めた。


「死因の特定だって? ジョンは拳銃で殺されたはずだ」


 レナードが首を振った。


「そうではないかもしれない。ちょうどいい。君たちにいくつか訊きたいことがある。この中に事件発生時、銃声を聴いたものはいないか?」


 何人かの生徒が顔を見合わせて、こそこそと相談をしている。そのうちの一人が前に出た。


「銃声、ではないかもしれないけど聴こえた気がする」


「それは何時頃だ?」


「朝の4時頃だった。聴き間違いかもしれないけど」


「ありがとう、次の質問だ。事件当日、ジョン・ロウの部屋に訪れた者がいるか知っているものはいないか?」


 即座に声を上げた生徒がいた。


「それならチューターだ。彼は勉強熱心で、よく自室に招き入れていた。事件当日も何名か来ていたよ」


「具体的にそれが誰だか分かるか?」


「全員覚えているわけじゃないけど、ホプキンス先生はいたよ」


「なるほど。最後にジョン・ロウが抱えていた問題についてだ。これについて、何か知っている者は?」


 これには全員の生徒が目を伏せた。

 レナードは天を向くようにした。

 これだけ多くの友人がいても、誰も彼の秘密を知らない、これが答えだ。






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