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 ウェントワースが警察に報告に行っている間、レナードは事件現場周辺を探ってみることにした。

 イートン校正面入り口にあるラプトンの塔を望む中庭。そこに創設者ヘンリー6世の像が鎮座している。

 現場付近は見張りや調査のために、数人の警官がうろついていて、とても近づける状況ではなかった。が、未だに残されている生々しい血溜まりの跡が事件の凄惨さを物語っていた。

 もしあの拳銃が凶器になったものだとしたら、犯人は殺人を犯したあと、拳銃を隠すために正門と道路を挟んだこの約100ヤードの距離を移動したことになる。

 しかもウェントワースの自室は2階にあり、寮の入り口からは遠く無作為に選んだわけではなさそうだった。


「犯人は意図的に人を選んだ上で寮に侵入している……」


 何故彼でなければならなかったのか。犯行時刻は深夜から未明にかけてだが、その間不審人物が目撃されていないというのも気にかかる。ここから導き出される答えは。


「犯人は生徒との接点があり、学校の構造に詳しく、居ても怪しまれない人物……内部犯の可能性が高い」




 午後3時。教師たちのティータイムが始まる時刻だった。

 レナードはふかふかの絨毯が備えられた教務室の前でじっと時刻が過ぎるのを待った。

 この豪華な建物に、生徒が入ることは許されていないためだ。用事がある場合は部屋の入口で待機し、部屋に入っていく他の教師が通りかかったときに伝言を頼まなければならなかった。つまり伝言を受け取ったからといって、お目当ての教師がその気にならなければ謁見叶わずというわけだ。


 とっくに伝言は渡しているというのにきっちり15分かけてその教師は現れた。

 第一発見者である教師、マシュー・ホプキンスだ。

 ホプキンスは40代後半のごく普通の平均的な英国男性だった。中肉中背で鋭い瞳を持ち、色白で深く彫りだった顔をしていた。灰色がかった髪だが年齢かストレスの影響か頭頂部にかけて薄毛が目立っていた。皺一つないスーツとピカピカに磨き上げられた革のシューズを着こなし、その言動と性格は生真面目というレベルをはるかに超えた謹厳実直さだった。そのためか一部の生徒には人気を博していたが、その他の生徒には猛烈に煙たがられていた。ちなみに自分は後者の方だった。


「ホプキンス先生。今お時間よろしいでしょうか?」


 出来るだけ柔和に話しかけると、ホプキンスはまるで今気が付いたとでも言うようにちらりと視線をこちらに向けた。


「リーヴス君。今、君は自分が何をしているか分かっているのかね」


「ええ。緊急の用事があって来ました」


「どんな用事であろうと、君には待機を命じられているはずだ。これは命令違反だ。其処いらをうろついている殺人犯に殺されても文句は言えないということだ」


 唾でも飛ばしながら捲し立てるような物言いにレナードは薄く微笑んだ。


「先生も犯人は未だに校舎の中にいるとお考えですか? 僕もそう思います。これは内部犯――学校関係者による犯行だ」


「……」


 すっと猛禽類を思わせる険を帯びた目つきがレナードを捉える。


「それで君は一体何の用だ?」


「あなたは遺体の第一発見者ですよね? ジョン・ロウが当時倒れていた様子を詳しく知りたいんです。例えば、仰向けに倒れていましか? それともうつ伏せでしたか? 目は開いていましたか? 首や手首の角度は? 足の向きは? 傷の具合は? 他に外傷はありませんでしたか? 彼は寝間着姿だったという話ですが、履物は履いていましたか?」


 怒涛の詰問にホプキンスは嘲るように鼻で笑った。


「それを知ってどうする? 必要なことは全て警察に話してある。君の探偵ごっこに付き合っている暇は無い」


「友人が疑われているんです。教えてください、お願いします」


 普段のレナードを知るものにとってこれほど驚いたことはないだろう。

 レナードは足を揃え、神妙な顔で頭を下げていた。いつもの人を喰ったような態度ではない、ある意味の芸術作品のような所作だった。

 ホプキンスはそんなレナードをつま先から頭まで見据えた後、肩に手を置き諭すような声で語りかけた。


「……体は仰向けに倒れていた。他は、すまないが分からない。私も気が動転していてね。靴は履いていなかった」


 レナードは怪訝な声を上げた。


「靴を履かずに彼は中庭に行ったということですか? 真夜中に彼は一体何をしに外へ?」


「さて、それは分からない。さあ、もう帰りなさい。また訊きたいことがあったら私の部屋に来るといい」




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