第3話 街

 私はMに会おうと思って出かけたが、気づいてみると景色が見知らぬ土地になっていた。どこかの住宅街らしく、さっきから人家ばかりつづいている。とにかくMに会わなければと思ってあたりを見廻しながら歩いているけれど、どこへ行ったらいいかわからなかった。そのうち道の向こうが騒がしくなって、グラウンドの高いフェンスが見えた。近づいていくとどうやら小学校らしい、野球のユニフォーム姿の生徒たちがわあわあと歓声をあげている。私は助かったと思いなかへ入っていった。

 グラウンドはいくつもの白球が飛び交い、いつこちらへ飛んでくるかもわからなかった。どきどきして隙間を縫いながら、だれか道を尋ねられる人はいないかと目探しするがみんな真剣な顔つきで互いに声をかけあっているので、話しかけることができない。すっかり困ってしまって立ちどまると、なんとなく肌が痛い感じがして、私は彼らの眼がしらしらとこちらに注がれていることに気づいた。私は怖くなって逃げるように敷地を後にした。

 途方に暮れて立ちすくんだ。陽はずっと天頂に昇ったままで、自分の影が、アスファルトに濃く落ちている。とつぜん自転車のブレーキが耳に刺さって声がかけられた。

「どこに行きたいの?」

 振りむくと中学生くらいの少女が片足をペダルに乗せてじっと私を見ている。

 私は今度こそ助かったと思って少女にわけを話した。けれども彼女も首をひねってわからないと答えた。それでとにかく行ってみようということになった。少女は自転車でぐんぐんすすんでいくので、私は懸命に追いかけた。

 ショッピングモールについて、少女はここがそうだと言った。私はこんなところにMがいるだろうかと疑問だったが、少女が言うのでそうなのだろうと思う。気づくと手に重厚なつくりの本を抱えており、頁には米粒ほどの文字が躍って、二段だったり三段になったりした。めくるにつれ黄色いカビがぱらぱら落ちていった。私はこれがMなのだと気づいた。ふいと顔をあげて、地揺れのような震動にあわてて手摺へつかまる。私はバスのなかにいた。

 窓から外をのぞくと太陽は変わらず高い所で照っている。目の前の座席に女が座っており、私を見るとほほえみかけてきた。そして女の隣にMが座っていた。

 私がMの腕に触れなにか尋ねると、Mは気のないようすで「さあ」と答えた。このMは女のMなのだと思った。

 そのうち女が私の背後に立ちしっとりと寄りそってくる。私は、触れたところがそわそわして、けれどやめてほしいとも言えずに黙っていた。バスの揺れはだんだん激しく、吊革だけでは心もとない気がしはじめてくる。

 バスは駅で停まった。私は改札を抜けて雑貨店をのぞいた。

 商品棚を見てまわっていると先程の女がやはりすり寄るように近づいてきて、「これと同じものを探している」とハンドクリームを見せてきた。それで一緒に探すことにしたが、なかなかみつからない。隅々廻ってもないものはないから、仕方なくタオルを持っていって女へ見せた。大きいのと小さいのが括られている。女は、私の顔をまじまじ見ると受けとって、片方は持っているので、片方はいらない、捨ててしまえばいいと言った。私はどうして捨てられるのかと思った。胸の底がしくしくと痛んでどうしようもなく、顏いっぱいに涙をこぼしていた。

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