5
しばらく黒原駅の周辺を散策した後、3人は鷹野駅に戻って来た。もう夜だ。普通ならもう終電だが、今日はまだ走っている。夜になっても多くの乗客が乗り降りしている。
「夜も更けてきたね」
「そうだね」
もう鷹電が見える最後の夜だ。もう電車の明かりを見る事はできない。
「いよいよ鷹電の最後の夜だね」
と、信也は考えた。最後の1往復に乗って、いつまでも忘れないようにしよう。
「最後の上りと下りに乗ろうよ」
「いいね!」
3人は最後の1往復に乗る事にした。車内は昼に比べて、さらに多くの人が乗っている。みんな最後の1往復にのろうとする人と思われる。
3人は鷹野駅に入った。鷹野駅にも多くの人がいる。写真を撮っている鉄オタが多くいる。現役時代の写真を撮っておかねばと思っているんだろう。
「すごい人だね」
「普段からこんなに乗っていたらなぁ」
「そうだね」
3人は最後の黒原行きの電車に乗った。車内は超満員だ。全盛期の朝ラッシュはこんな様子だったんだろうな。このときは、廃線なんて考えられなかったんだろうな。
すぐに電車は鷹野駅を発車した。ホームの人々は手を振って見送っている。ここから出る最後の営業列車だ。これは一生に一度の事だ。目に焼き付けておかないと思っている事だろう。
電車は夜の闇の中を走る。昔はどれだけの家屋の明かりが見えたんだろう。そして、どれだけの人が乗り降りしたんだろう。
数十分後、電車は終点の黒原駅に着いた。そして、黒原駅の方向板が取り外され、運転室にしまわれた。もう『黒原』の方向板を出して走る事はない。降りた鉄オタはその方向板を写真に収めていた。
3人は電車から降りて、その電車の様子を見ている。後は最後の鷹野行きを残すのみだ。
「ここが終点の黒原駅か」
「うん」
信也は車庫を見た。今日は最終日のためか、車庫はライトアップしていて、中の様子がよく見える。
「ここは車庫があるんだね」
「ああ」
と、信也は構内入換の電車を見つけた。開業時と比べて見た目は変わっているけど、それでも廃止の日までずっと鷹電で活躍したってすごいな。
「この電車ともお別れか」
「寂しいね」
最終電車が近くなって、より多くの人が集まってきた。黒原駅の近くの人々もやって来た。
「たくさんの人が集まっているね」
ホームは大盛り上がりだ。開業した時もこんな盛り上がりだったんだろうか? だが、今日は鷹電の最後の夜だ。
「いよいよ最後の電車だね」
3人は鷹野行きの最終電車に乗った。最後の電車は3両編成だ。どの車両も超満員だ。3人は紙テープを持っている。
「準備はできた?」
「うん」
3人が窓から顔を出して間もなく、アナウンスが聞こえてきた。
「まもなく、鷹野行き最終電車、鷹野電鉄、最後の電車が発車します。皆様、手を振ってお見送りください」
それと共に、『蛍の光』が聞こえてきた。寂しげな尺八の音色だ。聞いていると、なぜかジーンとくる。
最終電車のドアが閉まった。ホームにいる人々はじっとその様子を見ている。大きな汽笛を上げ、最終電車はゆっくりと黒原駅を後にした。それと共に、紙テープの束が長い線になっていく。その後ろにいる人々は手を振って、電車との別れを惜しんでいる。
「ありがとう鷹電、ありがとう!」
「さようならー」
最終電車は大きな吊りかけモーターの音を残して、黒原駅を後にした。ホームの人々は電車のテールライトが消えるまで最終電車を見ている。もうこのホームに電車が来る事はない。もうあの吊りかけモーターの音は聞こえない。そう思うと、自然と涙が出てきた。
「すごい混雑だね」
最終電車は夜の闇の中を走っている。途中の駅に停車していくが、乗り降りする人はいない。みんな手を振って、鷹電にお別れをしている。すると、乗客も手を振っている。3人も一緒に手を振った。
電車は鷹野の1つ手前の駅、南鷹野を出た。南鷹野のホームには人がいなかった。この辺りは全く家屋がないからだろう。昔はもっと多くの家屋があったと思われるが。
「ご乗車ありがとうございました。次は終点、鷹野、鷹野です」
いよいよ終点の鷹野だ。今、電車は最後の途中駅を発車した。後は終点の鷹野に着くのみだ。
「いよいよ終点だね」
電車は次第に雑木林の中を走っていく。辺りは暗闇しか見えない。
「ご乗車ありがとうございました。間もなく、鷹野、鷹野、この電車の終点、そして、鷹野電鉄の歴史の終着駅、鷹野に到着いたします。長年ご哀願いただきまして、誠にありがとうございました。これからは、心の中で走り続けて行く事でしょう。お手荷物、思い出など、お忘れ物のないようにご注意ください」
鷹野駅には、多くの人が最終電車の到着を待っている。徐々に1灯のヘッドライトが見えてきた。鷹野行きの最終電車だ。
最終電車はゆっくりと鷹野駅にやって来た。ホームにいる多くの人はその電車をじっと見ている。
最終電車は鷹野駅に到着した。最終電車のドアが開き、多くの乗客が降りてきた。
「さて、終点に着いたね」
最終電車から降りた3人は、電車を見つめた。もう人を乗せて走る事はない。そして今、鷹電の歴史にピリオドが打たれた。
「もう乗客を乗せて走る事はない」
「本当のお別れなんだね」
3人は最終電車をじっと見ている。電車の方向板は『回送』になっている。もう乗客を乗せる事はないという意味だ。
「でも、この電車は保存されるかもしれないって」
「そうなんだ」
その横にいる鉄オタは鷹野駅のその後を知っている。またいつか、その電車を見に行こう。そして、鷹電の思い出を語り合おう。
「そして、この駅は鉄道公園になる予定らしいよ」
「へぇ。またいつか行ってみたいね」
鉄オタは笑みを浮かべた。今日で鷹電は終わった。だけど、この電車は保存される。そして鷹電は明日から、心の中で走り続ける。
翌日、鉄道のない朝がやって来た。鷹野村の通学団はこの日から鷹野駅跡の前からスクールバスに乗って通学する。
信也ら通学団の子供たちが待っていると、スクールバスがやって来た。スクールバスと言っても、ワンボックスカーだ。今日からこれで学校に向かう。そして、塾はJRとバスを乗り継いでいく事になる。少し高くなるけど、我慢しなければならない。
スクールバスのドアが開いた。中には担任の先生がいる。
「おはよう」
通学団はスクールバスに入った。スクールバスはパワースライドドアで、自動で閉まった。
「今日からバスだね」
「うん」
バスは鷹野駅跡の近くにあるバス停を出発した。鷹野駅跡には昨日の最終電車で使われた3両編成の電車が停まっている。今にも走り出しそうだ。だが、その電車はもう走らない。黒原まで線路は続いているが、そのレールの上を電車が走る事は、もうない。
「もう走らないんだね」
「寂しいね」
信也は車窓から廃線跡を見ている。まだ昨日と変わりない風景だ。しかし、その風景も変わっていくだろう。レールがはがされ、ただの地面になってしまうんだろうか?
「もう心の中でしか走らない」
通学団は楽しそうにスクールバスに乗っている。バスは狭い分、1人1人が身近に感じる。
「バス、どう?」
「あんまり気にならないけど、やっぱり電車がいいな。広々としているから」
信也は鷹電で通学した先月の事を思い出した。やっぱりスクールバスより、鷹電がいいな。だけど、もう鷹電に乗って通学する事は永遠にない。
「確かに」
その時、電車の汽笛が聞こえた。それを聞いて、信也は車窓を見た。すると、鷹電が走っている。幻だとわかっていても、興奮してしまう。
「あっ・・・」
と、信也は気づいた。その中に、白いノースリーブの女性がいる。やはりあの女性は、僕が見た幻だったんだ。その女性は、天国から鷹電の廃止の時をどんな気持ちで見ていたんだろうか?
「どうしたの?」
「何でもないよ」
どうやらその電車はみんなには見えなかったようだ。
スクールバスは踏切跡を通過する。昨日までは一時停止をしていた。だが、今日からは一時停止せずに通り過ぎる。もう踏切は昨日限りで使われなくなった。やがて、踏切の跡もなくなっていくだろう。だけど、記憶の中にはこれからも残っていくだろう。
この日から、鷹電は心の中で走り始めた。
終着駅 口羽龍 @ryo_kuchiba
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます