漆:狐が人に化けた話

 はてこの話はいたしましたでしょうか。一匹の雌狐めぎつねが一人の人間の男に恋をしたことがありました。よくある話でございます。よくある話でございましょう?

 さてこの雌狐、変化の術にもけており、頭の出来も野の獣にしては良い方でありましたので、見染めた人間のもっとも近しい女に化けたのでありますね。

 つまり、男の妻に、でございます。

 なんとも呆れた話ではございますが、これでもしばらくは上手く夫婦めおと生活していたというのですから、狐が賢いと申しますか人間が、いやさ男が愚かと申しますか。

 ええ、はい。しばらくは、でございまして。

 やがてこれはおかしいと気付いた男にがんじがらめに縛られて、煙でいぶされ棒で叩かれ、泣く泣く正体を現したとのことでございます。さて、その後に煮て食われたか焼いて食われたかは存じません。

 それはまあね、村の男どもを取っかえ引っかえ寝屋ねやに誘うようでは、いぶかしまれるのも時の問題ではありましたでしょうがねえ。

 ……いえいえ、獣の浅ましさなどとなじっちゃあいけませんよ。

 申し上げましたでしょう。この雌狐、頭の出来も良い方でして、見事に男の妻に化けおおせたのですとも。見目みめはもちろんの事、その仕草、普段の素振そぶりまで、そりゃあもうそっくりであったと聞いております。男の誘い方までね。

 はて、その本物の妻はいったいどうしたのか、ですか? さあて、とんと聞き及びませんが。どこの誰といったいどちらへどうなったのやら。女というのはとんとまあ。

 男なんてのは、化かされたままのほうが良いのかもしれませんねえ。

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