陸:狐が狐を化かした話
昔この辺りにコタロと呼ばれる狐がおりました。狐が名乗ったのではありません。人々がそう呼んだのです。ほらまたコタロが来ておるぞ、と。
そうでなのす、この狐は人前によく姿を見せたのです。いえ正しくは、ある人間の前にだけ頻繁に現れたのです。湖の魚を買い付けに来た商人や旅人相手の茶屋、そこの娘を恋い慕うかのように毎日毎日コタロはやって来たのです。
さすがにちょいと有名になりまして。茶屋も娘も狐茶屋やら狐の嫁御などとからかわれましたが。そこは商売でもありましょうし、娘の方では良い客寄せくらいにしか思っていなかったようですが。女というのはとんとまあ。
そんなある日の夕暮れ、茶屋の馴染み客の一人が湖の葦の陰へ姿を消す若い男女を見かけました。どこぞの若者と連れ添って歩く、狐茶屋の娘を。
娘も年頃でございましたしそんなこともあろうかと、その場は馴染み客も見て見ぬふりをしてあげました。その翌日には、娘本人にポロリと余計なことを言うのですがね。昨日はどこぞの若衆とねんごろにしておったがコタロが黙っておらぬのではないか、と。
娘は小首をかしげ、なんのことか分からぬと答えました。それがとぼけた風でもなく、昨日のその頃は店で誰それと話をしておったと、見間違いではないかと確かに言うのです。
不思議なことよ狐に化かされたか、などと人は笑っておりましたが、その狐です。コタロがそれからぱったり姿を見せなくなりまして。毎日のように茶屋へ来ていたものがね。
一年ほどたった頃、久々にコタロを見たと言う誰ぞの話もありましたっけ。やんちゃな仔狐の二、三匹に囲まれて恨めしげに寂しげに茶屋のほうを向いていたそうです。
まあ
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