第8話 一人旅
「一哉はどうした?」
社長の純一が秘書に尋ねる。
「何かしばらくお休みになると朝、置き手紙がありました」
「休み?何かあったのか?」
「すいません。連絡をとりましょうか?」
「いや、いい。まあ、たまには良いだろう」
純一はそう言って自分の部屋に戻った。
その時、純一の席に電話が掛かる。
「坂本瞳さまからお電話が入っています」
「つないでくれ」
「瞳さんか?珍しいなどうした?」
「お父様?一哉さんの居場所わかりませんか?携帯も自宅も電話出ないので、少し心配になって・・・」
「いや、特に聞いていないが・・・もし良かったらあいつの家に行ってくれんか?私が部屋に入れるよう連絡しておくから」
「わかりました。行ってみます」
瞳は電話を切った。何か胸騒ぎがして瞳は本木に電話した。自分が電話してほとんどでなかったことはない。しかも留守電を入れてから一晩経つ。
―「何かあったわね・・・」―瞳は呟き、急いで本木のマンションへと向かった。
本木は荷物をまとめ旅の準備をしていた。昨日マネージャーからもらった資料が目に入り手に取るが、そのまま置いて家を出た。本木が家を出るのと入れ違いに瞳が現れた。そして管理人へ自分の名前を告げ、本木の合鍵をもらう。
「本当にいないのね・・・」
本木の部屋に入り呟く。あたりを見渡すと写真立てが伏せてある。瞳は写真立てを手に取ると、それは二人で海辺で撮った写真であった。静かに写真を置くと資料が目に入る。瞳は驚きの表情で資料を読むと、急いで部屋を飛び出す。
「本木さん、何時ごろ出掛けました?」
瞳は管理人へ尋ねた。
「今さっきですよ。ちょうどあなたがいらしたちょっと前です」
瞳は急いでタクシーを拾い
「成田空港まで!」
と、告げる。
本木は空港に着くとロビーの椅子に腰掛ける。今までと全ての景色が違って見えた。自分だけ現実社会から取り残されたような孤独感で一杯であった。しばらく呆然としていると一人の女性が目の前に立っていた。
「瞳・・・」
「本木さん・・・」
瞳は少しずつ近づいてきた。
「何しに来た?」
そう言うと本木は立ち上がり歩き出す。瞳は咄嗟に本木の腕を掴み言う。
「ごめんなさい。私の話を聞いて!」
「悪いが何も聞きたくない」
「あなたを裏切っていたのは事実よ。でも私、目が覚めたの。あなたの本当の優しさに触れて・・・だから本当にあなたのことを好きになったの。信じて欲しい。お願い」
瞳は涙を流し必死に本木に話した。
「ごめん・・・今は何を聞いても信じられない。さようなら」
本木は瞳の手を振り払い出発ロビーへと消えていく。瞳はその場に泣き崩れる。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・」
と、何度も呟きながら・・・。
「ユリ、最近電話あったか?」
マネージャーが尋ねた。
「えっ?誰から?」
「いや、本木さんから電話なかったか?」
「ないわよ。何よ突然、変ね」
「いや、ないならいいんだ」
マネージャーは足早に去っていった。本木との約束を守り、マネージャーはユリに瞳の件を話していない。マネージャーは葛藤するが本木との約束を守ることにしていた。いつか真実を本木自信からユリへ語る時がくることを信じて。するとユリの携帯電話が鳴った。
「もしもし」
「瞳です」
「ああ、瞳さん!お元気ですか?」
マネージャーは振り返りユリの会話に耳を傾ける。
「本木がいなくなったの、あなた居場所知らない?」
「ええ、本木さんが、どうして?」
「海外に行ったみたいなんだけど、多分、韓国だと思うの、あなた何も聞いていない?」
「いいえ、とにかく私もこちらを探してみます」
ユリは急いで出掛ける仕度をする。するとマネージャーが近寄り
「本木君、何かあったのか?」
「うん。急にいなくなったみたいなの。なんでだろう・・・。瞳さんの話では韓国に行ったみたいなのよ。ちょっと心当たりを私、探してみます」
ユリがそう言うと、マネージャーは考え言った。
「わかった。一緒に行こう。とりあえず事務所に戻って見よう」
二人は急いで事務所に向かった。
本木は韓国に着くなり、ユリの事務所前に来ていた。ただ、事務所に入ることが出来なかった。
「今更、会うことなんて出来ないよな・・・」
と呟き、立ち去る。その姿をテヒが目撃する。
「あれ、確か本木さんよね・・・」
テヒは考えたが本木を追いかけて行った。入れ違いにユリとマネージャーが事務所に現れる。受付に本木が来たかを確認するが、来ていないとの返事をもらった。二人はしばらく事務所で待つことにする。
本木をつけていたテヒは公園で座り込み、何かを考え込んでいる本木の姿を見る。
―「姉さんに会いに来たんじゃないのかしら?」―
ユリに会いにきたとばかり思い込んでいたテヒは、本木の行動を意外に感じる。すると本木は小さく震えだした。テヒは少し近づき本木を見ると、本木の目には薄っすら涙がにじんでいた。テヒは慌ててその場を離れた。しばらくして本木は涙を拭って歩き始める。本木はホテルへと向かいチェックインをした。テヒはホテルを確認すると一旦、事務所へ戻る。
ユリは街中を探し回っていた。しかし、韓国にいることも沙汰かではなく、見つけられずに帰ってきた。
「まだ来ていない?」
ユリはマネージャーに聞くが、マネージャーも
「連絡もない。本当に韓国に来ているのか?」
「確かではないけど・・・私、もう一度見てくる」
そう言ってユリはまた出掛けていった。
「一体どこに行ったんだ・・・」
マネージャーが呟くとそこへテヒが駆け込んで来た。テヒはマネージャーを見ると
「マネージャー、本木さんに何かあったの?」
と、聞いた。マネージャーは下を向き、テヒに話すべきかを悩んでいた。
「何があったの?姉さんには話していない何かがあったんでしょ?」
「いいや、お前は何も知らないほうがいい」
「どうして、私、姉さんが苦しむの見たくない。本当のことを教えて!」
テヒは必死に頼むと、マネージャーは小さく息を吐き、
「わかった。しかし、ユリには内緒だ。いいな?」
マネージャーは本木と瞳の真実をテヒに話し出す。信じられないと言った表情でテヒはマネージャーの話を聞いていた。
「そんな・・・それじゃあまりにも本木さんが、かわいそうだわ・・・」
「俺もどうするべきか迷っている・・・普通の男女の浮気だけでなく、瞳さんは彼の財力をものにするため、ユリとの一件を利用していたみたいだ。ユリにはどう話してよいか・・・」
「きっと姉さん、自分を責めるでしょうね」
「ああ、本木さんもそれを心配してユリには内緒にして欲しいと言ったのだろう。自分がかっこ悪いからと建前を言っていたが・・・」
「今の話は姉さんには決して言わないわ」
そう言うとテヒは急いである場所へ向かった。
本木は自分の財布に入れていた瞳との写真を見ていた。
『これからは苦しかったり、何か不満があったら僕に話して欲しい。君を支えられるよう努力するから・・・今は頼りなくても絶対君を守れるようになるよ』
『わかったわ。これからはあなたに何でも相談する。あなたも私を頼りにして』
本木は微笑みながら写真をそっと破き、ごみ箱へ捨てた。あの幸せだった時が随分昔のことのように感じた。ふと机に目をやると、ユリからもらった腕時計が目に入った。時計を手に取り、ユリとの会話を思い出す。
『え?、ああ、本木さん忙しいのに待たしちゃ悪いと思って、一〇分前位だったかな・・・、でも、本当にそんなに待ってなかったですから』
『あの、これ出会いの記念にと思って買いました。よかったら受け取ってください』
自分は全てを失った気がした。もう自分には何も残っていないと感じたからだ。そこに呼び出しのチャイムが鳴った。本木がドアを開けると、そこにはテヒは立っていた。
「すいません。突然お邪魔して・・・私、この前、お電話したテヒです。」
「ああ・・・はじめまして・・・それで何か私に?」
「あの・・・少しお話してよろしいですか?」
「ええ・・・、よかったら入ります?」
「お邪魔します」
テヒは部屋に入っていく。本木はコーヒーをテヒに差し出しながら聞いた。
「どうしたんですか?何かありました?」
今まで黙っていたテヒが答える。
「本木さん、今まで失礼なことをしてすいませんでした」
「失礼なこと?」
「ええ、姉さんとの中を誤解して、失礼なことを言ってしまって・・・」
うつむきながら謝るテヒに対して、本木は優しく言う。
「気にしないで下さい。僕も同じ立場だったら同じ事をしてますから。だから謝らないで」
テヒは顔を上げ本木の顔を見た。本木は優しい笑顔でテヒを見ていた。するとテヒは思い切って本木に話し出す。
「本木さん、私、マネージャーから瞳さんとのこと聞きました」
テヒの思いがけない言葉に本木の顔から一瞬笑顔がなくなるが、すぐに微笑み言う。
「そうですか・・・情けない男でしょ。自棄になって一人旅をしているところです」
「情けないなんて・・・」
本木はテヒの心配そうな顔を見て、無理やり笑顔を作り、言った。
「そんな心配しないで下さい。僕は大丈夫ですから。それよりテヒさんの誤解が解けて嬉しかったです。心配してくれてありがとう。さあ、僕は大丈夫だから行って下さい。僕のせいであなたに迷惑が掛かったら大変だ、さあ帰ってください」
そう言うと本木は立ち上がり、窓のほうへ歩いていく。テヒは無理に明るく振舞う本木の姿を痛々しく感じた。なぜか本木を一人にすることが出来ずにいた。
「本木さん、大丈夫じゃないでしょ。私、知ってます。あなたが公園で一人泣いていたこと。今の本当の気持ちを話して下さい。誰かに話せば楽になるでしょ。」
本木はテヒに背中を向けたまま話す。
「そんな惨めな姿を見られてたんですか・・・情けないですね」
「情けなくないですよ、本木さん・・・」
「情けないですよ。今まで愛していた人が、実は自分の財産を他の男と奪う企みを持っていたことに気が付かないなんて・・・まして、自分のことを愛していないことにも気が付かなかった・・・自分の人を見る目が信じられないし・・・自分ひとりだけが世間に取り残されたようです」
「・・・」
テヒは何も言えずにいた。テヒの困った様子に本木は気付き、笑顔を作っていった。
「ごめん、つまらないことを話してしまったね。こんな話、聞いても困るよね」
テヒは黙ったまま本木の手を握り締めた。本木はテヒの目を見つめ返す。
「泣きたい時は泣いてください。私には遠慮しないで良いでしょ?」
テヒは優しく言った。本木は今まで堪えていた苦しみを爆発させるように泣き始めた。テヒは本木を優しく抱き寄せ、本木もテヒの胸で泣きじゃくる。
テヒの本木を見つめる目は、本木への哀れみから少しずついとおしさに変わっていった。
テヒが事務所に戻ると、疲れ果てたように座るユリがいた。テヒはそのまま通り過ぎようとするが、テヒに気が付いたユリが声を掛ける。
「テヒ、本木さん、見なかった?」
テヒは一瞬ビクっとするが、ユリを見て言う。
「・・・見なかった・・わよ」
「そう、本木さん、どこに行ったのかしら、本当に韓国にいるのかな・・・」
ユリは頭を抱えながら心配した。その様子を見てテヒは質問する。
「何故そんなに心配しているの?」
「そんな、理由なんて特にないわ・・・知り合いがいなくなって心配するのに理由なんている?」
ユリは不思議そうにテヒを見ながら答えた。
「でも、ただの知り合いを探す雰囲気とは違う感じがするわ。何か特別な感情があるんじゃないの?」
「・・・そうね。何も特別な感情が無いと言えば嘘になるかな・・・。あの人の前だと私・・・そのままの私でいられるの。あの人の言葉を聞くとなぜか心が温かくなる。私にとってあの人はやはり特別な人なんだと思う」
ユリも自分の気持ちを正直に話した。テヒはユリの気持ちを聞き胸が痛んだが、本木の居場所を言えない自分の気持ちに逆らえなかった。
「あんまり無理しないで、姉さん」
「ありがとう。何かわかったら教えて」
テヒはうなずくとユリと別れた。
―「姉さんごめんなさい・・・」―と、心の中で呟きながら・・・。
次の日、テヒは仕事が終わると事務所に電話を入れた。
「すいません、今日はこのまま帰ります」
電話を切ると、テヒは本木のホテルへ電話する。
「本木さん、これからちょっと寄っていいですか?」
「えっ?」
「おいしいケーキを買ったの?甘いもの大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど・・・」
「じゃあ、これから行きます。三十分くらいで行きますから!」
テヒは笑顔で出掛けていった。
テヒはこの後も時間が空く度に本木へ連絡した。本木のためというより自分のために・・・。
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