排水口

青空一星

底で…

 食器を洗い終えて自然乾燥させている合間、いつも口笛を吹く。ヘタクソだが、なんだか心が軽くなるし、ずっと前に俺の口笛を褒めてくれたヤツもいたんだ。それ以来、口笛を吹けば誰かやってきてくれるとでも思っているのかもしれない。


 そんな感傷に浸るのもバカらしくなって、なんとなくうちの排水口がどんな形だったか、気になったから覗いてみたら人の顔があった。うちのアパートはボロく、思い切り足踏みすれば抜けてしまうような所だが、まさか落ちてしまった奴がいるとは驚きだ。


「君、大丈夫かい?」


まさか排水口にいる奴からそんなことを言われるとは思わなかったからヘンな顔をすると


「まったく可笑しな奴だなぁ」


などと言われてしまった。それはお前のような奴にふさわしい言葉だろう。


「あんたは誰なんだ?ここは一階のはずだが…地下室でもあるっていうのか?」


「あんたって、失礼な奴だな。僕には啓介って名前があるだろう?ちゃんと名前で呼んでよ」


「啓介さん?あんただって俺を名前で呼んでいないじゃないか。俺の名前を言ってごろんよ。知っていたらの話だがね」


己の保身のために言っておくが、俺は断じてこんな奇天烈なことをする奴をしらない。


「なんだよ和也、僕なにか怒られるようなことした?そんなふうに言わなくてもいいじゃのいか」


見え見えなウソ泣き。だがこいつは俺の名前をたしかに知っているらしい。


 その後、色々な質問を浴びせたが当たり前かのように正解していく。いたって普通だ。実は知った中なのかもしれない。ここまで近い距離で話してきて、名前まで知っている。趣味も合うようだし、仮に知らなかったとしてもいい友達になれそうだ。


 俺はすっかり気を許した。


 お互いあぐらをかいて、だらだらと話をした。同学年のあの子がかわいいとか、あのゲームで一番使える武器と言えばあれだろうと舌戦だって繰り広げた。


 俺は上機嫌だった。まさかここまで仲良くなれる奴がいるとは思えなかったし、まるで夢みたいだなんて思った。俺の中高時代なんてろくに友達とかいなかったし、共通の趣味や女の子の話だってできる奴はいなかった。 


 唐突に口笛が吹きたくなって口をすぼめるがやはり上手くいかない。そんな俺の様子を見て啓介は笑った。お前もやってみせろよと言ったら、軽くヒュウッと吹かれてしまった。奴は自慢気にこちらを見てきやがる。


「まったくしょうがないやつだ」



 うちの排水口からは時折、口笛が聞こえてくる。排水口の中で口笛など吹けるはずがないのに。

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