#017 緊張

 ここまで話しても、どうしても僕に対しての不信感が拭えない、というような反応であるね。

 本当に僕がやった、と思っているわけではない? それは、詩季、君がそう信じたいのだと言っているようにも聞こえるよ。刑事としては、僕に対しての疑念が拭えないが、個人としては、信じたいのだという気持ちが溢れている。公私混同だね、いただけないよ。

 それでも、君の気持ちもわからなくは、ない。

 ならばこれからその疑念を晴らそうじゃないか。

 君の中に残っている疑念は、僕の行動にあるだろうよ。僕がなぜあの場で凶器と狂気を持って立っていたのか、どうしてあの場から逃げようというそぶりさえ見せなかったのか。先ほどの相川少年もそう言っていたときに、君の眉間に皺がよったのがわかったから、おそらくは君もその点が引っ掛かっているのではないか、と思ったわけだよ。

 ……本当はもう、あの時のことは思い出したくないのだが、やむを得まい。その時のことを覚えている限りで話そう。

 君も知っている通り、僕は凛音のメールを見てここへときたわけだけれど、戸の前に立ってすぐ、違和感に気付いてしまった。閉じているはずの戸は、完全に閉まりきっていなかったのだよ。何かがおかしい、とノブに手をかけたが、当然のこと鍵なんてかかっていなかった。凛音は大変に几帳面な子で、どれだけ気がそぞろであっても、戸締りを欠かしたことはないんだ。むしろ、僕にちゃんとしたほうがいいと叱るほどだからね。よっぽどの異常事態でない限りそんなことはあり得なかった。

 玄関に入れば、未開封の段ボール箱が目に入り、台所からは水滴が落ちる音が聞こえる。

 そうだね、手が触れる部分に血液反応があったというその台所のことだろう。

 ゆっくりと進んで、とりあえずは電気をつけようとしたところでそのスイッチ部分に血痕がついているのがわかって、一瞬にして状況がわかってしまった。そこを触ることもできず、僕は暗い室内をそのまま進んでいく。手近なところにあった台所で水を止め、開けたところへと向かった。

 すると、目の前には、仰向けのまま四肢を投げ打ったような状態で転がる凛音の姿。黒く変色しているグレージュのカーペット。べっとりとした液体に使っていたような果物ナイフ。なぜか丁寧にローテーブルの端に置かれていたスマートフォン。殺人現場となってしまった空間だけがそこにあった。

 その時の僕はあまりにも冷静でなく、どういう状況なのかという疑念に塗れているうちに、果物ナイフを手に取ってしまう。見ればすぐさま黒いものが血であると言うことはわかり、僕は、顔が引き攣っていくのを感じた。その頃にまたも玄関の戸が開く音が聞こえ、振り返れば、人影が見え、悲鳴が聞こえる。その人影が僕を見て、殺人者だと認知したことは想像に容易かった。

 緊張で震えて上がる口角を押さえることもできず、“またも”僕は人が死ぬ現場を見てしまうこととなってしまった動揺で何も考えられなくなり、僕はとりあえず自分がやっていないことだけを唯一の支えとして、その場にとどまることを決めたのだよ。下手に逃げれば、僕は間違いなく潔白を証明できなくなってしまうだろうと考えてのことだった。

 こうなれば、もはや笑うことしかできなかったよ。まさしく僕は疫病神で、行く先々でそういう現場に出くわしてしまう。そういう運命なのだと決定事項のようにねえ。それをこういう形で再度実感してしまうなんて全くなんて日なのだろう。

 警察が来るまでのしばらくの間で、僕は誰が何のために殺人を犯したのかを考えることにした。そうすると、一つ彼女の発言で引っ掛かる言葉があったことを思い出してね。以前、彼女は届いた荷物をそのまま置いておくと部屋が荷物だらけになってしまうから、すぐに開けるようにしていると言っていたことを思い出す。そして、最近ここに配達にくる人は、どうやら顔見知りであるということも。

 一一八七いちいちはちななの、紺色の車体に黄色いラインのトラック。彼女がよく利用する通信販売の配達業務を請け負っている会社で、この辺りをよく担当しているトラックを僕は覚えていた。そして、僕らは今日もその車を見ていただろう。まさしくここに来た時にね。

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