#016 関係

 どこから話したらいいのか。本当のことを言ってしまうと、僕にもわかっていないのだよ。だから、少々支離滅裂になってしまっても、どうか、許しておくれ。

 ……ああ、そうかい。それなら、噺を始めようかねえ。まずは柿原詩季として聞きたいことから答えるとしよう。

 僕は、君が遠くへ越していったのとほぼ変わらない時期に、父方の親戚の友人という人のものに厄介になることとなった。それは、君も知っての通り、両親が不仲であったからだったのだがね。それが、僕の師となる人であるのだよ。僕は、そのころから今にいたるまでその人のもとで多くの兄弟子たちとともに生活をしていたということになる。何をしているのか、かい。まあ、この身一つでできる芸術家業とでも思っておいてくれればいいさ。

 そうやって芸に勤しんでいるうちにねえ、どうやら僕は、僕が何者なのかわからなくなってしまったのだよ。いつからなのかも、どこでそうなってしまったのかも、なぜそうなってしまったのかも、わからない。職業柄、仕方のないことなのかもしれないけれど、今の言葉で言うとなんというのだろうか、アイデンティティ、とでもいうのだろうか? それが、すっかり見失ってしまったのだよ。

 そのうちに僕に起こったこと、それはねえ、全ての物事を客観視してしまうようになったことさ。自分がないから、主観がわからない。もしかしたら無意識にそういう発言をしているのかもしれないけれど、きっとそれは自分じゃない。だから、主観から生まれるであろう愛情というものが理解できなくなってしまった。

 愛情がわからない、から愛情をあげられない。僕はね、そういう上辺だけの薄っぺらいもので、人が満足しているところを見てそれで自己完結しているんだよ。らしいものたちで理論武装をして、適当に付き合っている。だから正直いうとね、僕は相手が誰であってもんだ。女であろうと、男であろうと、若かろうと、老いていようと、そんなものは僕にとって関係ないのだよ。そもそも、僕が本当に男かも定かじゃない。生物学的にはきっとそうなのだろうけれど、いや、これも違うのかもしれないね。そういう生物学的くくりですら、社会の産物という見方もあるわけだから。

 つまり何が言いたいかというと、僕にとって、僕と付き合っている彼らにとってこの関係は首の皮一枚で繋がっている程度のものということなのだよ。

 そんなもの本当に恋人といえるのか、とね?

 君の言うことも一理あるだろう。それ自体を否定するつもりはないよ。ただまあ、一言伝えるならば、そういうのもこの世の中には少ないと思うというのが僕の考えだ。

 ともかくとして、僕が付き合っている五人の男女はそれを了承した上で付き合ってくれている子たちだ。そういう相手が数人いることも含めて、それでもいいと彼らは言った。初めは信じられなかったよ。まさかそんな人たちがいるなんてね。まあ、うち一人の凛音は、つい先日亡くなってしまったわけだけれど。彼らといると、自分はそこにいるんだという安心感を得られるようになっていくのがわかった。一時の快楽、だね、まさに。そんなに相手がいると、鬱陶しいと思うこともあるだろう、というのはわからなくはないが、そんなもの、恋愛関係においてはざらにあることだろう。連絡してきたことで怒ることはしないし、むしろ利害が一致したという共鳴が芽生えるばかりだよ。

 ここまでは僕の身の上話だ。

 そして、次にメインの話といこうではないか。

 僕に彼女を殺す動機があると思うかい? 自分にとって都合の良い関係をみすみす逃すほど愚かな人間だと見えるかい? それとも、これまで話したことが全て虚言だとでもいうつもりかい?

 ねえ、詩季。どうか教えておくれ。


 君は、本当に僕が殺したやったと思うのかい?

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