#013 悲鳴
外に出たかと思えば、三栗屋はすぐさま上の階へと上がっていった。鉄製の階段を踏む音がカンカンカンと三人分響き、一層景色の高い場所へと辿り着く。
「ここだろうねえ」
三栗屋はそう言って、三〇三号室を指差した。それは、相川優人のちょうど真上の部屋である。中からわずかながらに人の声が聞こえてきているのがわかった。
「なんだ、その目は」
「お前さんが押してくれ。僕では脈絡がなさすぎるだろう」
なんて自分勝手なんだと思いつつ、俺は静かに呼び鈴を鳴らす。
すると、一瞬に人の声が止み、どたどたと騒がしい音が中から聞こえてきたのであった。
少し古い扉が開かれ、中から出てきたのは、ゆるく髪を結い、メガネをかけてジャージを着ている若い女性であった。俺たち三人を見渡して混乱をしていることは見て分かった。
「はいっ! あっ、開けちゃった! えと、ど、どうしましたか!?」
女性としてはもっと用心してほしいところではあるが、今はそれよりも聞きたいことがあるため、言葉は飲み込む。その代わりに再び警察手帳を取り出して見せる。すると女性は、ああ警察の人ですね、と納得して要件を聞いてくれようとしていた。
「実は、水野凛音さんの殺人事件について追っていまして、それについてあなたにお聞きしたいことがあるんです」
「ああ、水野さんの。すみません、少し散らかっているのですが、それでもよければどうぞ中へ」
そう言って、彼女は俺たちのことを部屋へと促す。累維は、俺と相川優人にだけ聞いてくるようにいい、中には入らないと言ったので、二人だけで上がらせてもらうことにした。
いささか警察という立場では彼女の自衛心がいかがなものなのだろう、と気になったところである。彼女が、何かに巻き込まれることがないといいのだが。
そうして入ろうとした女性の家の玄関の棚には、女性らしい小物と写真立てが一つ飾られている。写真立てには仲睦まじい男女の姿が存在していた。
「詩季? どうしたんだい、何かあったのかい?」
ふとそういうように後ろから累維に声をかけられ、はっと我に返る。
写真に何か見覚えがあるような気がしたのだが、彼女と何かゆかりがあるわけでもない。大したことではないのだろう、とそのまま中へ入る。
入ってきた部屋は遮光カーテンで閉じられていて、小型のプロジェクターが煌々と光っているだけであった。女性はカーテンを開け、プロジェクターに蓋をし、テーブルの目の前に二枚座布団を並べてくれた。
「すみません、大したものもお出しできず……」
「お構いなく」
少し周囲に目をやっていると、女性は少しばかり恥ずかしそうに目を伏せて呟く。
「あっ……私、映画を見るのが趣味なんです。昔の恋人に勧められてからまんまとハマっちゃって」
「ああいえ、すみません。さながら映画館のようで感心してしまい」
「こだわった部分なのでそう言って言っただけるととても嬉しいですね!」
女性の名は、
「それで、私なにかしましたか?」
「事件が起きた十一月十一日の日、こちらの相川さんが度重なる悲鳴を聞いたのです。これに関して心当たりありませんか?」
「悲鳴? 十一月十一日?」
「はい、そうです」
笹生莉奈は、しばらく思案した後に全てを開いた顔をして、本棚の方へと向かい、ノートを取り出して中身を見始める。かと思えば、すぐさま近くの棚から一つ、DVDのケースを取り出し、目の前に見せた。
「私、自分が見た映画を記録するようにしてるんですけど、十一月十一日に見ていたのがこれで」
差し出されたのは『無惨と夢山』というタイトルのつけられたB級と伺えるスプラッタ映画であった。チープな血飛沫が表紙の全面に描かれていて、女性のすがるような目と、目が合ってしまう。
「これ、どうせそんな怖くないだろ〜って思って見たら、すっごく! 怖くって! 本当に! 怖くって! 心では夜遅い時間だってわかってたのに、すごく、しかも何回も叫んじゃった記憶が少し、なくもないです……。もも、も、もしかして近所に響いてました!?」
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