#012 奇妙

 文面としては至って普通のものだ。別に何の偏見もない普通の恋人同士のやり取りといったような感じが見受けられる。

「本当に恋人……」

「理解してもらえたかい?」

「うぐっ、悔しいけど、事実なのは」

 相川優人は、苦虫を噛み潰したような顔をした。しかし、そこから一転して何か閃いたような顔をした。

「それなら、その関係が拗れて殺害ということもあるじゃないか」

「ふむ、ありえなくはない話だねえ。それならば、もう一通のメールを見てもらおうかね」

 そう言って三栗屋は、ガラケーを手に取って、一回だけボタンを押し、再びローテーブルの上に置いた。


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20××/11/12 0:30

差出人:水野 凛音

件 名:(無題)

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はやくきて

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 たった五文字で伝わる明らかな異常は、おそらくメールの主に何かが起こったことを示唆していた。そしてこれが、彼が容疑者候補から外れることとなった証拠の一つだった。

「これは」

「そう、おそらくはに僕に届いたメールだ。僕はそれを見て、周囲の人にことのあらましを話し、ここへ来たというわけなのだよ」

 相川優人はたじろいだ。あまりにも自分の付け入る隙がないと悟ってしまったからであろうということはどこからどう見ても明らかであった。

「だったら、お前はなんであそこでナイフを持って立ってたんだよ! どうして逃げなかったんだよ! どうして笑ってたんだよ!」

「相川さん、落ち着いて」

 場に怒号が響く。

 自分の証言が事件の進展に寄与していないその事実を受け入れられず、相川優人の顔は青ざめていた。俺は彼を落ち着かせるように、立ち上がり、彼の両肩を抑える。

「どうしてだろうねえ? 正直、僕にも、わからないんだ」

「ふざけんな! じゃあ悲鳴の正体は何だったんだよ! 明らかに女性の声だったんだ! それすら間違っているっていうのかよ!」

「相川さん!」

 相川優人は、こちらの方を見て、目を丸くしていた。

 その様子を見て、ああ、あの声は俺が発したものなのだと我に返る。自分でもらしくないとすら思ってしまう行動だったが、この場が落ち着いたところを見るに、悪手というほど悪手ではなかったのかもしれないと思う。

「一ついうと、君のいうことはすべて正しいことだよ。僕の行動にしても、悲鳴にしてもね」

 三栗屋は、右耳に髪をかけながら、ローテーブルに力なく置かれている相川優人の手に左手を優しく乗せて微笑んだ。

 それは、全てを包み、覆い隠してしまいそうなほど奇妙で美しい笑みだった。細められた黒々とした目は、全てを吸い込み隠してしまわんとしているのではないかと思えるほど穏やかに思える。

 それまで激情していた相川優人も、一瞬にして天使を見た子どものような純真な顔をする。

「……そう、なんだ」

「そうだよ、君は間違ってなんかないんだい」

 毒気を抜かれた相川優人は、しん、と大人しくなって優しい口調になっている。三栗屋の雰囲気がそうさせたのであろうが、何とも不思議な光景であった。

 三栗屋が静かに手を引っ込めていくと、名残惜しそうにその手を見送っていった。

 まさしく魔性の男に引っかかってしまった哀れな子羊のようにも見える彼は、もうこれ以上、三栗屋に敵意を向けるということはなかった。この場の俺だけが、状況を客観視し、その異常さの片鱗を見たのだが、誰かに共有することはできなかった。

「それなら、悲鳴ってのは結局何だったんだよ」

「そうだねえ、それが知りたいのならば、少し外に出よう。そうすればわかるはずだよ」

 三栗屋は、久方ぶりに俺の方へと向き直り、にこりと笑う。

 おそらくは連れて行け、とでも言っているのだろう。しかたないとため息をついた後、俺は、行きましょうか、と二人に声をかけ、一旦相川優人の家を後にすることになったのだった。

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