#011 恋人
「そんな顔しなさんな、僕はなーんにもしないよ」
「嘘つけ! 水野さん刺したのは、お前だろ!」
一人は慌てふためき、一人は余裕綽々で忍び笑っている。この状況はまずい、と思い、懐から警察手帳を取り出してこの場を諫めようと試みた。
「警察です。すみませんが、その事件に関してお話を伺っても?」
「え、また警察……?」
これは出方を間違ったかもしれない。相手は既になんども警察で取り調べを受けているし、俺自身も彼の供述は既に把握している。にもかかわらずまたも事情聴取されるとなると精神的にも辛いはずだ。
「だから、なんども僕はやってないって言っているじゃないかい」
「マジで意味わかんねえよ」
「火に油を注がないでくださいね、三栗屋累維さん?」
少し強めにそう言い放ってやるも、累維は全く反省するようなそぶりを見せてくれなかった。それどころかにやにやとどこか愉快そうにしている。
「わかった、わかったよ」
「本当になんだよお前……」
ようやくその場に落ち着きが戻る。慌ただしい時間だった。
男性は気だるそうに頭をかき乱したかと思えば、少しだけ待ってください、と言って家の中へと戻っていく。小さな段ボール箱のことはすっかり忘れてしまっているようだった。
「なあ、累維」
「なんだい?」
「どうして自分から疑いを深めるようなことをする?」
「何もしてないのだから、なんの問題もないだろうよ。むしろ変に隠そうとする方が疑わしくなるじゃあないか」
この様子では到底行動を改めてくれそうにない。全く、ここで話したいことがあるというから連れてきたのに、これでは捜査が進展するところが停滞しているではないか。
「頼むから、俺じゃない人に変なことを言わないでくれよ」
「なるほど。気をつけようかね」
そう言って三栗屋は、扉に背を向けるように身を翻し、道路の方を眺め始めた。
しばらくして閉じられていてはずの二〇二号室の扉が開かれる。中から出てきたのは少し息を切らした先ほどの男性だ。しかしながら、先ほどよりも身なりが綺麗に整えられている。よそ行きの服と、落ち着きを取り戻した髪型から、俺たちへの気遣いが窺えた。
出てきてすぐに、段ボール箱を小脇に抱えたかと思うと、どうぞ、と俺たちに声をかけて家の中へと促される。
「聞きたいこと、と言われましても。俺が言えることは、前にも警察の人に言った通りです」
かなり険しい面持ちで、決して三栗屋と目を合わせようとしていない。基本はうつむき、時折こちらの方へ向けるばかりだった。
それを知ってか知らずか、三栗屋はどうしても確認したいことがあるらしく、声を掛けていた。
「その前に、僕について弁明させてほしいのだけど、いいかい?」
三栗屋が大層優しい口調でそういうと、相川さんは舌打ちをしたが、聞く耳は持っているような気がした。
「ありがとう。それではどこから話そうか。時間を追うのなら、まずは水野凛音との関係についてにしよう」
三栗屋はそういうと、静かに目を伏せて、穏やかに話し始めたのである。
「凛音は、僕の恋人の一人だった。それは、各所で話した通り、揺るぎない事実。そして、彼女の他にも恋人がいたことも。時間があった日、僕は仕事の付き合いで、
累維は、そういうと懐から携帯電話を取り出して、片手で開き、ボタンを操作した後に、一昔前のメールの受信画面を見せてきた。
「今時、ガラケーって、兄さんいつの時代の人だよ」
「スマートホンとやらは、あまりにもいろんなものがありすぎて難しくてねえ」
累維がローテーブルの上に置いたガラケーの画面を、相川優人とともに、覗き込んでみると、そこには、水野凛音からの短いメッセージが書かれていた。
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20××/11/11 18:12
差出人:水野 凛音
件 名:(無題)
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今日もいそがしいの〜? 遅くなってもいいから、会いにきて欲しいな〜
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