第一章 李下に冠を正さず

#004 再会

 公用車を駐車場へ停め、俺は宮戸川署へと足を進めた。ちょうど今日の最高気温を越したあたりだろうか。太陽光が駐車場のアスファルトへあたり緩やかな地熱を感じていた。

 あれからのことを少し述べると、まず俺は一応、穂村に同行の説得を試みたのである。しかし、努力虚しくも断られてしまった。彼は俺と同行することを徹底的に拒んだのだ。そして、自分がやれることを勝手にやらせてもらうと言って違うところへ調査に行ったようであった。さすがに、引き止めることはできなかった。しょうがないといえば、しょうがないだろう。

 それなら俺は俺の仕事をするだけの話だろう。太陽光を反射させる、左手につけた腕時計に触れ、手の甲側へと位置を調節しながらエントランスへと向かう。足取りは、何となく重い。

 これは何年経っても変わらない、あいかわらずのことだが、どうしてか警察署という場所には独特の緊張感がある。刑事になった今でもそれは変わってはくれないものなのだろうか。それとも俺が、後ろめたい何かを抱えているのだろうか。そればかりは、神のみぞ知る話なのかもしれない。

 正直なことを述べるならば、今だに見つかったというステラが、本当にあのステラであるか、疑問である。それは、決して宮戸川警察の捜査を疑っているというわけではない。俺がちょうど手につけていた事件の進展がこうも簡単にあっていいものか、ということが信じられないのだ。調べているだけで進展するなら、それは未解決事件にはならないのだから。そんな都合の良い話があるはずがない、と思ってしまう。

 そんな考え事をしながら歩いていると、ふと、警察署前の入り口に人影が見える。見る限り、いやどっからどうみても、警察官には全く見えない人影だ。そして、警察署という場所にあまりにも不釣り合いな、一風変わった姿をしている。少しばかり近づいた。

 一番目につくのは耳から下がる朱色の房飾りだった。そして次に目に入ったのは、ブラックホールのように光さえ吸い込まれていくような黒々とした眼。なおのこと、印象的である。かつりかつりと地面を振動させて鳴るは、ブーツのヒールの音だろうか。小気味いい音を立てながら、和服の羽織をなびかせている。警察署でなくとも、滅多に見ない姿だろう、と思ってしまった。

 開いていう自動ドアから外へと出た華奢な男はひらりと舞うように振り返り、出入り口に向かって一礼して見せる。あんまりにも可憐な動作だった。変わった男である。いや、そもそも本当に男なのかさえ怪しいものだ……。

 そこで、はっと我に帰る。俺の仕事は、存在さえ知らない男に見惚れることではない。刑事としての仕事をするためにここにやってきたのだ。そうだ、そうなのだ。いち早く目的へ向かわねばならない。そう念じながら、なんの気にも留めないようなふりをして男の横をすり抜けようと試みた。

 途端、進もうとする力とは真逆の力を感じる。

 着ていたスーツのジャケットが弱い力で引っ張られ、後ろに仰け反りそうになってしまった。なんなんだ、と振り返れば、どういうことだろう。先ほどの男が驚いたような顔をしているじゃないか。

 改めて正面から男の顔をとらえる。人並外れた良い顔立ちであるなとは、男の視点からもそう思うが、こんな男が俺になんの用があるというのだろう。俺は何の躊躇いもなく、すぐさま男の手を引き離す。そして、急いでいますので、と言い去ろうとした。

 だが、それはうまくはいかなかった。

「お前さんのその顔……もしかすると、シキではないかい?」

 そう、声をかけられてしまったからだ。

 男は、何か憑き物が落ちたように、なごやかに笑って横髪を掬って耳へかけた。一層のこと、朱色の房飾りが際立ってくる。さわり、と爽やかな秋の風でふわりと髪が靡いた。

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