#002 寝覚
鈍い首の痛みと、肩に置かれた手の体温で目が覚めた。なにか悪夢を見ていたような、そんな気がする。しかし、何も思い出せやしなかった。
目の先に入る腕時計は、昼の一時を少し過ぎたあたりを指している。軽い昼休憩として仮眠をとっていたつもりが、思っていたよりもすっかり寝入ってしまったようであった。
「よお、起きたか、
「……はい、申し訳ございません」
いつものように力の抜けた声で、
「謝ることはねえよ。最近……いや、ずっとか。眠れてないんだろう。相当寝入っていたようだしな」
「職務怠慢にもほどがありますね。本当に申し訳なく……」
「気にすんな。こっちは良いものが見れたとでも思っておくことにするさ」
「
「いえ、別に」
今年になって新設された新たな部署で、たった三人が集うこの部屋には、渋いコーヒーのにおいが充満していた。積み重ねられた数々の事件のファイルは、先の見えない不安を模しているような、そんな気分にすらなっていく。
ここは、警視庁捜査一課にある未解決事件を扱う場所――特命捜査対策室八係。
殺人事件における時効が撤回されたことによって、扱うコールドケースは年々増加し、抱えきれなくなった故に新設することになった部署である。コールドケースは決して例えではなく迷宮そのものである。過去の資料を一から調べなおし、無駄を知り、そしてまた一から調べなおす。途方もないことをしなければならない場所、その一つがここなのである。
一見すれば、苦痛に感じるこの場所も、俺にとってはむしろ楽園であった。忙殺されている間は、どんなにいやなことも忘れられる。そういうものだろうから、と割り切ることができるのだ。
この場所の長たる
「にしても、やっぱり不思議だよ、俺は」
「……どういうことでしょう」
「お前みたいなエリートがここにいるのが、だよ」
海崎さんは、そう吐き捨てると、かすかに湯気の立っているコーヒーを一口飲んだ。こくり、と喉が上下する。
「俺は……人殺しです。首を切られないだけまだマシなものでしょうし、俺はここに来れてよかったと思っていますから」
「へえ、若いのに苦労が尽きないな」
鋭く電流を走らせたような痛みが首を横切ったような感覚がした。先ほど変な体制で
「海崎さん、知らないんですか。この人、皆から“死神”って呼ばれてるんですよ」
「ンなこといったって、こいつだって殺したくて殺したわけじゃねえ。それに、望んでないのに死んでしまうことなんてここじゃあよくあることだしな」
「でも、柿原
とたん、どん、と鈍い音が鳴るように強く心臓が衝撃を受けた。
ああ、そうだ。俺が警視庁捜査一課に入ってから組んだ相方は、全員死んでいる。言い訳にしか聞こえないだろうが、けして俺が直接殺めたわけじゃない。死んでほしいと願ったわけじゃない。
それでも、まるで手のひらの隙間からこぼれてしまう水のように、あの人たちは死んでしまった。俺のこの身と、不名誉な死神という言葉ばかりを残して。今でも残っているのは果てしない虚無感だけだ。
「詩季さんのシキは、あの死期なんだ、ってみんな言ってますよ。一課じゃ周知の事実でしょ」
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