第3話 登場

「カモーン」


 エマに手を引かれて、そのままトレーラーハウスに逃げ込んだ。


「イッツ、セーフ」


 ここまでくれば安心よ。彼女は満面の笑みでそう告げているのだ。英語がわからないから多分とだけ言っておく。


 ハリウッドスターは、俗に言う待機室と呼ばれるものが個々に用意されている。大概はトレーラーハウスであり、ここで休憩をしながら台本の読み込みなどを行う。もっとも、気さくなスターになればなるほど、待機中は監督やスタッフと談笑しながらコミュニケーションをとるものだが、今は緊急事態でそれどころではない。


 きっと、今頃外では猛烈なファンたちが、スタッフに制御されていることだろう。もし、エマとキスをした私を見つけたら速攻で袋叩きにあってもおかしくない。


「ヘイ! エマ! アーユーOK?」


 ばたんと何者かが部屋に飛び込んできた。

 血相を変えてもなお美しい、そのお姿は。


「もしかして、あなたはアン・ハサウェイさんですか?」


 アンは、「だれ?」とでもいいたげな顔で私に視線を送る。同時に、エマに誰この人?と英語で話していた。


 とりあえず、まずはアン・ハサウェイの魅力について説明せねばなるまい。いや、説明するまでもなく、彼女はハリウッドきってのトップスターなのだが。


 アン・ハサウェイは美貌と演技力を兼ね備えた実力派だ。


 やはり、彼女が一躍脚光を浴びたのは「ブロークバックマウンテン」であろう。この作品は、亡きヒース・レジャーの主演作でありベネチア国際映画賞に輝いた傑作だ。この映画で演技を高く評価された彼女は、スターの階段を上って行き、ついに「レ・ミゼラブル」でアカデミー賞の栄冠をつかむ。


 つまり、そんな大スターと一般人たる私は縁もゆかりもないわけだ。

 なぜここに。

 二人がぺちゃくちゃ会話している様子から察すると、どうやら映画の競演者として、先程のピンチにエマのもとへ駆けつけたようだ。

 よかったわね~と互いに陽気にぺちゃくちゃと。


 私は察した。

 ただのお邪魔虫だということを。

 なんとなくだが居場所がない。


 とんでもない豪華な両手に花状態だが、居場所もないし英語も喋れないので、そのまま帰ろうかと思ったが、気さくな二人はコーヒーでも飲まないと私の分まで用意してくれた。


 ああ、なんていい人だ。

 スターというのは、人当たりもいいのね。

 だからスターなわけね。

 そう思い、コーヒーに手をかけた瞬間。なんと、一匹の蜂がトレーラーハウスに紛れ込んでいた。


「オー!」


 予期せぬ蜂の登場に、アンがてんやわんや。狭い場所で右往左往。当然、右往左往している姿も美しい。

 窓を開けて、しっしっと追い払うがなかなか出ていかない。

 しぶとい蜂にしびれを切らしたアンが咄嗟にカバンを振り回して、迫りくる蜂を追い払おうとするが、虚しく空振りして、そのまま一回転。

 くるりと回った拍子に、そのまま私の胸にアンがダイブ。


「あ」「oh」


 勢いそのままにアンともキスをしてしまった。


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