第2話 遭遇
「いるわけないよな~」
夕日に沈むサンタモニカビーチの観覧車を背に、ひとり途方に暮れる私。
妻の制止も聞かず、単身ロサンゼルスに降り立ったのだが、当然のごとくキャメロン・ディアスはいない。
目に映るのは、ご自慢の筋肉をこれみよがしに見せつけてくるアメリカンマッスルのみ。とんでもない肉団子だ。一体、彼らはどんな人生を歩んだら、こんなにもりもり筋肉を増量してしまうのか。
行きがけにウェンディーズで購入したコーラを、やるせなく握り締めた。
キャメロン・ディアスとキスをするなんて、無謀な夢だったのか……
とぼとぼと今夜の宿を探すため大通りを西に向かうと、
「ヘイ、今から撮影があるからストップしてくれないか」
私の行く手を遮り、撮影クルーと思われる兄ちゃんから英語でこんなことを言われた。
映画産業が盛んなアメリカは色々なところで撮影を行っているようだ。ロサンゼルスは撮影スタジオや映画会社のお膝元であり、市民の理解もよく得られている。皆、スタッフらしき人の指示に従って、撮影が終わるのを礼儀正しく待っている。
彼らも、撮影の現場に遭遇することはラッキーなのだ。
運が良ければお目当てのハリウッドスターに会えるかもしれない。
スターの登場を今か今かとスマホ片手に待ち構える。
で、あるならば、当然、私のお目当ての――
「誰の撮影してるんですか?」
「エマさ」
「えま?」
「なんだ、お前知らないのか? エマといえばエマ・ストーンに決まってるだろ」
「……っ!」
まじかよ!
ちなみに、一旦ここではエマ・ストーンの魅力を改めて紹介せねばあるまい。
彼女は「アメイジング・スパイダーマン」のヒロインで世界的な人気を獲得して一気にスターダムに躍り出ると、その後「バードマンあるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡」などアカデミー作品賞となった話題作に出演し、「ラ・ラ・ランド」でついに悲願のアカデミー主演女優賞の栄冠に輝く。
まさに、今をときめくトップ女優中のトップ女優。
僥倖中の僥倖。
こんな偶然めったにない。
いつしか日は沈み、撮影用のライトが煌々と照らす大通り。エマの出演をどこから嗅ぎ付けたのか、いつの間にかわいのわいの集まってきた。
野次馬たちをかきわけて最前列へと並ぶ。撮影をしている映画のストーリーはわからないが、脇を固めるいかつい俳優陣を眺めていると、どうやらシリアスな人間ドラマなような気がする。
今か今かと待ち構えていると、突如として「わっ」と歓声が沸いた。
歓声と口笛の大合唱となるなか、「エマ―」と後方から彼女の名が叫ばれる。てゆうか、どこだ。どこにエマがいるんだ。彼女は背が高く、遠目から見てもそのオーラでわかりそうなものだが。歓声が最高潮に達しようとするなか、きょろきょろと首をキリンのごとく伸ばして目を凝らす。
すると――
「エマ―。あいらびゅー!!」と絶叫する女性ファンが私を押しのけて、撮影現場に飛び出した。
体重ごと押されてつんのめりになる私。両手をアスファルトにつき、見上げると、とんでもない事態になっていた。熱狂的な女性ファンを皮切りに、スタッフの制止も効かず、堰を切ったようにファンたちが待合カーから現れたエマに殺到していたのだ。
「イヤ――!!」とヒールを鳴らして、逃げまどうエマ。ぐるぐるとハチミツが出来そうなぐらいに右往左往して、こちらに突進してきた。
そして、そのまま私の胸にエマがダイブ。
「あ」「oh」
勢いそのままにエマとキスをしてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます