キャメロン・ディアスに会いにいったら……どうなる?

小林勤務

第1話 出発

 夢を見ていた――


 それは、甘く激しく、ときに切なく。


 こういってしまうとよくわからないのだが、そんな儚く淡い夢だった。


 そんな幻想は、駅に到着するたびに打ち砕かれる。どろどろに混じりあってバターになるぐらいに揉みくちゃにされる通勤ラッシュ。

 ここは地獄の一丁目。

 てゆうか、ほんとに乗客全員ひとつの有機生命体になるんじゃないの? と思ってしまうほど満員電車で見る夢は世知辛い。最寄り駅で見上げた空は曇り空。構内の天井にこびりついているのは、白いハトの糞。


 世の全てが俗世にまみれている。

 人も動物も、命を食べて、消化して、排泄物を出す。

 これが宇宙の真理だ。


 こんな馬鹿な感傷に浸り、肩を落として家路に着く。

 そんな毎日にひとりの天使が舞い降りた。

 いや、正確には舞い降りたわけではなく、スクリーン(PC)に映った、が正しい表現かもしれない。


 天使の名は、キャメロン・ディアス――


 泣く子も黙る?超有名セレブハリウッドスター。

 まずは簡単に彼女の経歴をここに記そう。


 彼女はジムキャリーをスターダムに押し上げた世界的ヒット作「マスク」を皮切りに、「メリーに首ったけ」で人気を不動のものとして、「マルコヴィッチの穴」「バニラスカイ」など、ミステリーなどにも出演する、類まれな美貌だけでなく幅広い演技に対応するカメレオン女優でもある。


 だが、やはり彼女の魅力はなんといっても、そのキュートなエロ可愛いさにある。

 ついこの前、「SEXテープ」というコメディ映画を見た。

 いや、見て、しまった。

 あまりの魅力爆発さに衝撃を受ける。ドタバタエロコメディの世界レベルってこれかよ……。ギャグ、展開、演技、全てにおいてスケールが違いすぎる。

 と。

 その勢いで、「メリーに首ったけ」を視聴。

 全盛期の可愛さ、コメディセンス、美しさに、これまた絶句。


 おいおい……キャメロン・ディアス最高すぎかよ!


 日々の癒しを求めるため、彼女が主演する映画を片っ端から眺めていると、こんな妄想に憑りつかれた。


 キャメロン・ディアスに会いたい。

 いや、もしかして、運が良ければ会えるんじゃないのか?

 待てよ。

 会えるんじゃなくて、キス……できるんじゃないのか?


「は? できるわけないでしょ」


 妻の冷めた一撃は私の耳には入らない。


 なぜなら私は耳栓をしているからだ。物理的に冷静な外部の指摘をシャットダウンしているのだ。余計な口出しに至高の思考を惑わされたくない。


 そして――燃え上がる。


 全身を欲望が焼き尽くす。炎の先に見えるのは、麗しのあの彼女。


 この人生を賭けた夢に向かって、翌朝出社と同時に社長室に一直線に突き進む。

「ちょ、ちょっとアポがありませんのでダメです!」

 咄嗟に引き留めにきた秘書室の連中などお構いなしだ。

 バン、とドアを開けて、目を見開く社長の机に両手を突き、開口一番。


「私、本日をもって会社を辞めます」

「ど、どうした突然」

「私には夢があるんです」

「ゆ、ゆめ?」

「ええ。どうしても叶えたい夢が」

「なんだそれは」

「キスです」

「きす?」

「ええ、キスです」

「き、キスがどうした」

「私はキャメロン・ディアスとキスがしたいんです」

「お、おう……」


 こうして、会社に辞表を提出するのではなく、溜まった有給休暇をまとめて申請して、彼女が住んでいると思われるアメリカへと旅立った。





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