第13話 ロケット
袋貼りの仕事は、糊を作るところから始まる。固めておいた澱粉糊に水を加えて柔らかくしていく。一度にたくさんの水を加えると、澱粉糊が玉になってしまうので慎重に作る。
袋は、あらかじめ工場で筒状に折られ、まとめられた袋の元を使う。会議テーブルに袋の元を並べ、袋の元の底を折る工程を袋折の工程と言う。
次に、折られた袋の元の底に糊を付ける工程に入る。糊は多すぎても少なすぎてもだめで、ちょうどよい量を塗布するようにしなければならない。
彼女の好きな遊びは、ロケットに乗って跳ねることで、何かに集中しつづけることができない。
袋貼りの仕事は、この彼女のように、何かに集中出来なかったり、無数に分岐する工程に合わせることが出来ない者たちが従事していた。
袋貼りの要領を教える者は、従事する者たちの世話もする。袋貼りだけでなく、そのときその場所にいる彼女たちの仕事、生活などのことを支えていた。
例えばロケットに乗って跳ねることが好きな彼女は、袋貼りの仕事がほぼ出来ないばかりでなく、落ち着いて座っていられない、黙っていられない、机や壁、他の人たちへ体をぶつけてしまうなどの行動があり、時には目を離すと血だらけになっていることがあった。
そんな彼女が毎日のように困っていることは、トイレに行くことだった。ひとつのことに集中できない彼女は、当然トイレに行くというひとつのパターンをやり抜くことが出来ない。
袋貼りの要領を教える者たちが、彼女をトイレに行かせようと手を引く。外から強制されることで、彼女は毎回トイレに行くことを拒み、挙句に失禁し、その始末を誰かが行っていた。
ある日、トイレ行きたくなった彼女に提案してみる。
「ロケットに座ったまま、跳ねてみようか」
「うん!」と彼女。
私もロケットに乗る。
彼女と私は、ロケットに座り、宇宙に向かって跳ねるようにトイレに向かう。
トイレに行くときの彼女も、トイレから帰還した彼女もとても満足気な顔をしていた。
それ以来、毎日、彼女はロケットに乗って、宇宙に向かって跳ねて、トイレに向かう。
トイレから帰還する彼女の顔はいつも、誇らしげな笑顔だった。
「トイレに行くためにロケットに乗るなんて間違っている!」と言う者もいた。私はその言葉を発した者に「ロケットに乗らないとトイレに行く気持ちになれない」という魔法をかけた。今ではその者もロケットに乗ってトイレに向かっていることだろう。
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