母のメッセージ

そうざ

The Mother's Message

 被害女性が死の間際、自らの血で記した謎の言葉。いよいよ物語の肝が解明されようとしたところで、電車は最寄駅に着いてしまった。

 家まで歩きながら続きを読もうかとも思ったが、どうせなら自室で腰を据えて堪能したい。私は逸る気持を抑えつつ足を速めた。

 勢い良く玄関ドアに触れた。が、鍵が掛かっている。この時間、いつもなら母は夕飯の支度をしている筈だ。何処に行ったのだろう。

 鞄から合い鍵を取り出す。当然ながら、誰も居ない家の中は静まり返り、暮れ掛かる陽射しが見慣れたリビングを陰気な印象に染め替えていた。

 その時、私は或る事に気が付いた。

 主人公が学校から帰ると、思いがけず玄関に鍵が掛かっていて、居る筈の母が居ない――今、読んでいる推理小説のプロローグと同じ状況だ。その後、主人公はキッチンに横たわるむごたらしい母の死体を発見してしまう。

 いつの間にか早鐘になった心臓と共に、私は恐る恐るキッチンに進んだ。蛇口から滴る水の音だけが、薄暗い空間を支配している。俎板の上には使いっ放しの庖丁と、両断されたトマトが無造作に転がっていた。その切り口と赤い色とが忌まわしい連想を呼ぶ。

 血だらけの母がメッセージを残す姿――。

 総毛立った私は傍らのテーブルにつまずき、床へ倒れ込んだ。テーブルに置かれていたらしい一枚の紙切れが眼前に舞い下りた。

「お醤油がなくなったので急いで買って来ま~す。P.S.冷蔵庫のプリン食べて良いよ~♪」

 これが所謂、・メッセージか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

母のメッセージ そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説