第3話 日常

それから、更に三週間。

おじさんが心の病? で休職して、1ヶ月が過ぎました。

仕事は、またゆるやかに忙しい兆しを見せ始め、おじさんのこともスッポリと頭から消えかけておりました。


――お昼休み。

経理部の女性たちは、そろってランチに出掛けていきます。


「田中さんは、いつもお弁当なんですね」


経理部の女子、おじさんに絡まれていた○○ちゃんこと、一ノ瀬由紀さんがわたしに声をかけました。

黒髪ボブからのぞく、大きな瞳が印象的な子です。


「はい。外食ばかりでは栄養が偏りますから。こうして、野菜中心のお弁当を持ってきています」


一ノ瀬さんは、ちらりとわたしのお弁当をのぞき見ました。


「田中さんのお弁当、彩り豊かで凄くおいしそう~! 私も野菜とらないと!! そう言っても、今日はコンビニのハムとレタスサンドなんですけどね」


楽しそうに笑う彼女は、わたしにコンビニのビニール袋を見せて、自分の席につきました。


「あれ? 一ノ瀬さんにしては、珍しいですね。社内でランチとは」


「そうなんです。今日中にやらないといけない仕事があって、お昼はパパッとすませるつもりなんです」


ため息まじりに、彼女は肩をおろします。

今日中の仕事なら、優先度は高そうです。

わたしは心配になりました。


「なにか、わたしもお手伝いしましょうか?」


「いえいえ! そんな、私一人で大丈夫ですよ」


「そうですか……。それなら、なにか手伝えそうなことが発生したら、いつでも仰って下さい」


「田中さんは、優しいですね……。私の付き合ってる人とは真逆です」


「えっ?」


ポツリと呟く彼女はなんだか寂しそうに見えました。

こんなに可愛くて、仕事も出来る女性でも、色々な悩みがあるのですね。


トゥルルル……。トゥルルル…。


あ、電話です。

着信音からするに、社外から掛かってきています。


「はい、○○会社、経理部の田中でございます」


わたしは、素早く電話にでました。


「…………」


なぜでしょう?

電話のお相手は、無言です。

聞こえなかったのでしょうか?


「もしもし? こちら、○○会社の経理部ですが……」


確認のため、再度、こちらの社名を名乗ります。すると、


――ガチャッ。

プーッ、プーッ、プーッ。


電話はあっさり切れてしまいました。

わたしが、首をひねって受話器を置くと、一ノ瀬さんが聞いてきました。


「誰からでしたか?」


「わかりません。なにもお話しされなかったので。間違い電話かもしれませんね」


「最近、多いですよね……。仕事が忙しい時はやめてほしいくらいです」


「気持ちは、よくわかります」


わたしは、深く頷きながら、お弁当の残りを頬張りました。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る