第2話 困った人

月初の激務は事なきを終え、あれから一週間が経ちました。

経理部も月の半ばまでくると、仕事の量と緊急度が格段に低くなり、部署内は穏やかさをかもしだしました。

経理部8人の女子社員達も、○○ちゃんも、和気あいあいとした様子です。

少し気になったのは、あの定年間近のおじさんのことでした。

彼はなぜかあの日から全く会社に来なくなったのです。

そんなことを考えていた矢先、年下上司が困った顔をしてわたくしに近付いてきました。


「田中さん、今大丈夫? ちょっと、別室で話しがあるんだけど……」


「はい、大丈夫です」


わたくしは、うなづいてフロアから離れた場所にある会議室に上司と移動しました。

部屋は8帖ほどで、中には簡素なテーブルと4つのパイプ椅子がありました。もちろん、中には誰もいません。

年下上司は部屋に入るなり、口を開きました。


「実は困ったことになってね……」


「どうかしたんですか?」


わざわざ別室へ移動するなんて、珍しいことです。わたくしは気になって尋ねました。


「うん、大河内さんが一週間休んでいるのは知っているよね?」


「もちろんです。わたくしの隣の席ですから」


わたくしはうなづいて見せました。彼に何かあったのでしょうか?


「大河内さんね、心の病で休んでるんだ」

年下上司は二人きりにも関わらず、小声でこそっと囁いた。


「はい!??」


わたくしは、当然ながら耳を疑いました。

だって、そうでしょう? あの厚顔無恥なオヤジに、どこにそんな繊細な部分があるというのです?

しかし、その驚きは更に予期せぬ方向で増幅しました。


「大河内さんが言うにはね、心の病の原因がね、どうやらあの月初の忙しかった時の田中さんとの言い合いらしんだ」


「えっ……!?」


心の病で一週間休んでいて、その原因がわたくしだとおっしゃっている?


「全く、意味が分かりません」


素直にわたくしはそう上司にお伝えしました。あの時を思い返してみても、事を起こしたのはあのオジサンであってわたくしではないのです。


「そうなんだけど、大河内さんは思い込んじゃったみたいで。田中さんがいる限り、精神がまいって仕事が出来ないって言い張ってる」


「えぇぇぇぇっ!」


なんと、迷惑な人なのでしょう。

自分で散々かき混ぜておいて、その原因が他ならぬ鼻持ちならないわたくしだと?

信じられない言い訳でした。








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