悪役ボスキャラに転生したので、悪役だけ集めました!
桐山りっぷ
第1話 田中いさお
はじめまして、こんにちは。
わたくしが異世界で悪役ラスボスのベルナルド・サタンを名乗ることになる前に、軽く自己紹介をしておきたいと思います。
田中いさお、40歳、独身、
因みにこの年で独身というと、バツイチですか?とお聞きされる方がたまにみえますが、バツイチではございません。じゃあ、バツニ?バツサン??
数を増やせば当たる、というようなことでもありません。
純度100パーセントの独身でございます。
「…………」
引かれましたね。今どき40才で独身はそんなに珍しくもないと思っていたのですが。
お付き合いしている人はいるのかって?
いいえ、おりません。因みに、今まで男性、女性とわず、お付き合いした人は一人もおりません。
「………………」
沈黙が先ほどより、コンマ2秒のびましたね。わかります。1年は365日、40年なら、14600日、生まれてからこんなに長い間に、ほんの一瞬でも親密になった人はいなかったのか?
はい、おりません……。
この年で誰ともお付き合いがなかったのは、内向的で口ベタな自分のせいでもありますが、時代の流れに翻弄され、努力という抵抗を一切試みなかったせいかもしれません。
すみません、また話しがそれました。
「え、見た目は悪くないのに、もったいない?」
ありがとうございます。この年でもお世辞でも褒められることがあると、少しは嬉しいものです。
話しを戻します。22才で愛知県の平凡な、(レベルはたいして高くない)芸術系大学を卒業したわたしは、超氷河期と言われていた求人状況にも関わらず、社員数80人の地元の印刷会社に内定を頂きました。
他社の通販カタログや、パンフレット、チラシ、年賀状、などの紙媒体を扱っており、作成、印刷、納品する会社です。
入社2年くらい経って、小さいながらも、デザインを任されるようになると、お昼を食べるのも忘れるくらい、夢中でパソコンに向かっていました。先輩達も良い人ばかりで、わからないところは根気よく教えてくれました。
今振り返ると、人間界では、この時期が一番、楽しかったかもしれませんね。
29才の時、リーマンショックというものが起きまして、弱小企業に勤めていたわたくしは、会社の倒産という突然の出来事に、感傷にひたる間もなく、無職になりました。
それにしても、世間とはこうも世知辛いものなのですね。
デザインは出来るが給料が安いと常々文句を言っておりましたが、会社が倒産してしまった今となっては、文句を言っていたあの頃はやはり幸せだったと思えます。
会社の社長は夜逃げしてしまいまして、三ヶ月もお給料を待たされたあげく、とうとう払われず、タダ働きをしただけに終わりました。
アパート代、水道光熱費、携帯代、国民年金、食費、などなど支払いはけして安くはありません。
お金のために、デザイン職で仕事を探すのは諦めました。
それから、11年。わたくしはとある企業で派遣社員として働いておりました。
車の部品を造っている製造会社で、国内外わせると、社員数は5000人。売上も毎年黒字と聞きます。わたしは派遣社員ではありましたが、大船まではいかなくとも、小舟に乗った気分でおりました。
そんな時、ちょっとしたいざこざがあったのです。
わたくしは経理部という社内でお金の管理をする部署に所属しておりました。毎月、月末月初は、各部署から大量に請求書が上がってくるため、その確認と処理(銀行とのやり取り)に大変忙しくなります。夜、11時に仕事を終えることもざらにあります。
それでも、わたくしがここまで筒がなくやってこれましたのは、ひとえに、年下だが友人のように気さくに話せる男性の上司と、周りの若い(大体、20~30代の)女子社員が8人、(経理部は女性率が高く、仕事に真面目で可愛いらしい人が多いのです。)がいたためです。
みんなが忙しくしている中、一人だけ、珈琲を飲んで暇そうにしているおじさんがいました。
彼は正社員で、齢58、定年は60才なので、あと数年で退社する予定の、ちょっと周りの空気が読めない、いわゆる部署の中で浮いてるおじさんでした。
そんな彼が激務に追われている若い女性社員に呑気に声をかけました。
「ねぇ、○○ちゃん、この前教えてあげた、お店行ってみた?」
このおじさんの席はわたくしの隣だったので、会話は丸聞こえです。
パソコンに向かっていた○○さんは、眉を寄せて、相手に顔を向けずに答えました。
「行ってません」
そこで会話は終了かと思っておりました。
だって、誰が見たって今の状況は、ゆっくり世間話を楽しんでいる場合ではないのです。1分、1秒でも早く、膨大な請求書をこなして、決まった期日までに銀行に振り込みをしなければならないのです。
それは、おじさんでも分かってるはずです。
しかし、彼はしつこく会話を続けました。
「えー、まだ行ってなかったの? せっかく、僕が教えてあげたのに。今度、おごろっか!?」
○○ちゃんの表情が更に険しくなりました。普段ならゆとりもあるので、些細なおじさんの会話もあっさり受け流すのかもしれません。でも、この時は状況が悪すぎでした。
「今、忙しいので後にして下さい」
「もう、つれないなぁ。そこのお店が嫌だったら、他にも美味しいお店を知ってるからさぁ」
「ほんとに、後にして下さい」
○○ちゃんは真面目なので、無視することなく何度も伝えていました。
「今度どう?? 仕事のこととか悩みがあったら僕が聞くし」
「…………」
おじさんは相手の状況をかんがみることをせず、聞きようによっては明らかにセクハラになるような会話を続けました。
そもそも、20そこそこの女性の好む飲食店を、38才も年の離れたおじさんが熟知しているとは言い難く、好きでもないお店を紹介されて、ついでに誘われて、完全に迷惑している様子でした。
彼女は助けを求めるように、おじさんの隣のわたくしに視線を寄越してきました。
その目が、半分潤んでいるのは光の加減ではないと思いました。
「○○さん、そろそろ、世間話は控えた方がいいんじゃないでしょうか? みんな、今忙しくてそれどころではないですし……」
わたくしは見かねておじさんに声をかけました。
おじさんは一瞬、ポカンとした顔をして、みるみる顔を赤らめていきました。
「お前、年上の俺に注意するつもりなのか!?」
おじさんは急にキレてわたくしに怒鳴り付けてきました。みんながハッとしたようにこちらを見ています。
「注意というか……」
わたくしは少し言いよどみました。
「みんなからちょっと好かれてるからって、いい気になりやがって、派遣のくせに!」
完全な言いがかりでした。
おじさんはもうすぐ定年でお気楽な状況かもしれませんが、日々経理部として仕事の最前線にいるのはわたくし達です。同じ仕事をしている以上、正社員も派遣社員も関係ないと思いました。
「派遣とか正社員とか関係ありません。○○さんも今忙しくて困っていますし……」
「はぁ!?」
怒れるおじさんは勝手にヒートアップしていました。
「ま、まあ、まあ、お二人ともその辺で……」
年下上司が冴えない顔でわたくし達の間に入ってみえました。
「チッ、仕方ねぇなぁ」
おじさんは腕を組んで黙りました。
「田中さんも、ありがとね。仕事を続けて」
わたくしも上司に促され、黙って仕事に戻りました。
少しの間はその余韻で周りは静かになっていましたが、すぐに元の忙しさに静寂は消え去り、ざわざわとした雑音がしてきました。
それで、この一件は終わったとばかり考えていたのです。わたくしだけは……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます