無関心なんだよお前は

マルヤ六世

無関心なんだよお前は


 ぱんぱかぱーん、とアホみたいな音が響いた。目覚ましかと思って飛び起きると、目の前が瞬いている。

 どうやら僕がいるのは安いテレビのスタジオみたいだった。セットのでかでかとした文字周りの電球が死ぬほどダサい。これを注文されて作った人が可哀相だ。なんで僕、こんなおかしな夢を見ているんだろう。


「はじまりました! クイズ、お友達だ~れだ! 今日の挑戦者はこちら、高柳涼少年だあ!」


 ライトに照らされカメラを向けられる。拍手に包まれながら、気づけば大きなシルクハットのようなものを被らされていた。これもまた古い感じのデザインで僕は溜め息をつく。


「おおーっとこれが気だるげな十代というやつなのでしょうか! かっこいいと思っているのでしょうか!」


 蝶ネクタイに派手なスーツ、ぐるぐる眼鏡に七三の男が僕を揶揄う。カメラが寄って、僕の嫌そうな顔をアップで映した。


「普通に失礼だな……ていうか、この番組、誰向けにやってるんだよ」

「基本的には幽霊妖怪悪魔などに向けた専門チャンネル《テレビ境界》で、毎日夜0時から放送しています! しかしなんということでしょう! だるそうな雰囲気を出しつつも宣伝をぶちこませてくれる高柳少年! こいつはとんだクレバーボーイです!」


 我が夢ながら頭が痛くなってくる。僕って、こんなくだらない夢を見るタイプの人間だったのか。自分自身に悲しくなってきた。知らぬ間に解答者席のようなものに座らされているし。ボタンは銀に光ってるし。


「それではさっそく第一問と行きましょう! 学級委員長の小林くんの口、ど~れだ!」


 ででん! と音がして、バニーガールみたいな恰好の骸骨によってパネルが運ばれてくる。人間の口だけが映された写真というのはどうにも気持ち悪い。産毛や唇の皺をいくつも見ると寒気がする。それに、口なんてどれがどれだかわからない。いや、厳密にはみんな口が違うのはわかるが、わざわざ小林の口を意識して見ることなんてあるだろうか。

 1はまあ、リップを塗っているっぽいから違うだろうし。2は髭が生えているから違うかな。問題は3と4なんだけど、ぶっちゃけどっちでもよくないだろうか。3も4も似たような口だし、小林の口とかどうでもいいし。3は奥歯が虫歯で、4は口内炎がある。どうでもいい。


「わからないんだけど」

「ああ~! わからない! これが十代の心の闇です!」

「うるさいなあ……じゃあ、4」

「ファイナル答え?」


 うわっダサッ!


「ファイナル答え?」

「……ファイナル答え」


 言わないと永久に聞いて来そうなので、仕方なく僕は答える。すぐにブブーと大きな音でブザーが鳴って、スタッフの落胆の声たちがマイクに拾われた。


「残念。正解は3番でした!」


 小林が虫歯だったなんて知りたくもない情報を得てしまった。


「本当に残念です。罰ゲームとして、今日から小林くんの口は4番になってしまいます。起きたら口内炎が出来ているなんて、なんと可哀相なことでしょうか! これが選択の重みです! 次は正解してくださいね!」


 何を言っているんだと聞く前に、小林の眠っている映像が映し出される。普段そんなに意識して見ないはずなのに、すぐに違和感を覚えた。小林の唇の形も、歯の大きさも全然違う気がする。絶対に小林はあんな顔じゃなかった。口が変わっただけで、別人にすら見える。

 知らず僕は唾を飲み込んだ。夢だ。夢だし。大丈夫。なんでもないって。そう言い聞かせて司会者を見る。裂けそうなほどに口を開いて、愉快そうに笑っている。次は、ということはまだあるのか。


「なんで罰ゲームなのに、僕じゃなくて小林なんだよ」

「いやまあ? 前に立って話している筈なのに認識されていない小林少年にも非がありますからね! それに自分になにかあっても、まあ自分が悪いしなって思って終わりじゃないですか! 罰ゲームは罰を受けた~って感じがしないといけませんからね!」

「な、なんだよそれ! 急にこんな、理不尽だ!」


 わー、とスタッフが盛り上がる。嫌味な番組だ。僕がいい幽霊だったらチャンネル変えてるね。


「では、第二問!」


 ででん!


「一番後ろの席の豊橋くんの足、ど~れだ!」


 今度は足のパネルが運ばれてくる。足? 足ってなんだよ。それに後ろの席じゃ僕からはいつも視界に入っているわけじゃない。そんなのわかるわけない。でも、豊橋はバスケ部だ。もし、足が変わってしまったら──。

 1は色黒だ。ということは多分外でやる部活だろう。2は筋肉もあるし、ししゃもみたいでそれっぽい。3は白いし細いからないだろう。4はすね毛が濃すぎる。これなら体育の時に見ていれば印象にあるはずだ。


「2! 2だ! ファイナル答え!」


 司会者はここぞとばかりに溜める。

 ブブー! ブザーの音に僕は頭が真っ白になる。なんで、なんで? スタッフのブーイングと、司会者がケタケタ笑う声。


「正解は4でした! クラスメイトがすね毛を気にして普段は長いジャージを履いて体育をしていることも知らなかった! なんて冷たいんでしょう! 罰として豊橋くんは2番の足になります!」


 またもや寝室の画面が映し出される。筋肉質な足がくっついた豊橋は、僕が思っているよりも細身だった。そんなに悪いバランスではないけれど、本人からすれば足が急に変わっているというのは不気味なことだろう。バスケ部の大会にも影響が出るかもしれない。じわじわと罪悪感が襲ってくる。


「それでは、最後の問題!」

「まだやるのかよ!」

「やりますよ! 隣の席だから簡単! クラスのマドンナ、朝倉さんの目、ど~れだ!」


 どき、とした。クラスどころじゃない。朝倉さんは学校中の誰もがかわいいと思う存在だ。誰にでも優しくて、頭もよくてスポーツもできる。三年間好きだった。間違えたくない。たとえ夢だとしても。

 パネルが運ばれてくる。1はぱっちり二重でまつ毛が長い。2はすっきりとした一重で眉毛が困り眉。3は奥二重で眉毛が太目。4はつり目で眉毛が短い。多分、1だと思う。

 でも女子は化粧もするし、化粧前だったとしたら僕にはわからないかもしれない。とはいえ、化粧しないでぱっちり二重になれるなら、朝倉さんにとってもいいんじゃないだろうか。だんだんどれが正解にも思えてきて僕は唸りだす。


「早く答えないと時間切れになりますよ! 時間切れになれば目元は没収です!」

「はあ!? な、なに言って! 待って! 決める、決めるよ!」


 僕はパネルを四枚じっと見て、決めた。多分1だと思う。でも──。


「答えは4だ。ファイナル答え」

「本当にいいんですね?」


 初めて、司会者が聞き直してきた。


「ファイナル答えだって言ってるだろ」

「残念! 正解は1番でした!」


 ブブー! とブザーが鳴り、スタッフが歓声をあげる。間違えたのに、カンペを放り出して大笑いしていた。本当に嫌な番組だ。


「本当に今までクラスメイトの何を見ていたのでしょうか! 罰ゲームとして、朝倉さんの目は4番になってしまいました! ぱっちり二重が見る影もなし! 朝起きたら泣きますよ! 朝が暗いから朝倉さんってことですか!? うまいこといいやがって!」


 彼女の寝室が映し出される。水玉のパジャマ。寝ぐせのついた黒髪。切れ長の美しいつり目。それを見てスタッフと司会者が泣きマネをしている。


「三問連続不正解の高柳少年にはこちらの参加賞が贈られます。全問正解なら旅行チケットとか色々用意していたんですけどね! それではみなさん、また来週お会いしましょう! アディオスアミーゴ!」


 ちゃーらちゃっちゃーと軽快なリズムが流れて、目が覚める。ひどい夢を見た。枕元には「無関心なんだよお前は」と書かれた賞状がある。僕は朝食もそこそこに、確かめるような、祈るような気持ちで登校した。


 正門のところで小林に会う。なにか変じゃないか、と聞かれて、そうかな、と返す。廊下で豊橋に会う。首を傾げつつも何かいいことがあったかのように機嫌が良さそうだった。そして、教室。

 教室に入ると、僕の席の周りに人だかりができている。朝倉さんの泣き声が聞こえて、女子が何人かで慰めているようだった。遠巻きにはバカにしたような顔をしているような女子もいた。


「朝倉さんって、天然二重とか言って嘘じゃんね」


 そんな風にひそひそ話をしている。

 僕が登校してきたことに気づいた女子たちが退いて、僕は机にカバンをかけて着席する。そろそろ先生が来るのでみんなが着席すると、朝倉さんは顔を覆っていた手をどけて、観念したように涙を拭いた。それでも俯き気味で、ショックだったんだろう。


 彼女の横顔を見ながら僕は思う。やっぱり、つり目のほうが顔立ちに合ってて、綺麗だ。

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