第9話 圭吾

由夏の目に映る圭吾は、少なくとも勉強に関しては“完璧”だ。テストではどの教科も決まって学年一位か上位の三人には入っているし、全国模試でも良い成績だというのは学校中が知っている。

だからこそ、何故わざわざ金髪にして教師からの評価を下げるようなことをするのか?と、由夏はずっと疑問に思っていた。

由夏たちの高校はそれなりの進学校で、勉強やスポーツで良い成績を納めていれば校則を多少破っていてもさほどとがめられることがない。そもそも真面目な生徒が多い学校でもあるため、控えめな茶髪の生徒がいる程度だ。

それ故、圭吾の金髪はとても目立っていた。全国模試上位という後ろ盾があるから黙認されている“成績優秀でい続ける自信”を表した髪色だと誰もが思っている。


「高橋でもプレッシャーなんてあるの?」

「そんな調子に乗った金髪なのにーって?」

圭吾も自分がどう見られているか知っていた。

「…うん…正直、そう思った。」

圭吾は はぁ…と溜息のように小さく息を吐き肩をすくめた。

「まあ…そう見えるようにしてたところもあるんだけどな。」

圭吾は続けた。


「俺さ、高校受験失敗してんだ。」

圭吾の言葉はあまりにも意外だった。

「え?嘘でしょ?高橋が落ちる高校なんてある?」

「中3の俺もそう思ってた。」

大真面目に言ったので、由夏は黙って聞いていた。

「昔からそんなに熱心に勉強しなくても成績が良くて、テストもほとんど満点だったから。」

圭吾は両手を身体の少し後ろについて海を見つめた。

「だから親も学校の先生も同級生も、俺は危なげなくどこの高校でも受かると思ってたと思う。教師せんせいには実際そう言われてたし。でも実際は…」

遠くを見るように圭吾が続ける。

「受験当日になったら頭真っ白になって。」

「え」

由夏は心底驚いたような表情かおをした。圭吾はいつだって冷静で斜に構えたような人間だと思っていた。

「すげー行きたい学校だったんだけど、その割に勉強なんてしなくても入れるだろうって高を括ってた…なんていうか、舐めてたんだよな。」

吐き出すように圭吾が言った。

「で、落ちた。」



「そっからがまあ地獄。」

圭吾の思いがけない告白に、由夏はなんとなくざわざわと落ち着かない気持ちになった。

「親も先生も同級生も、腫れ物に触るように接するか…嫌味も言われたりしたな。俺自信は案外すぐに切り替えて、入った高校で成績良ければそれで良いだろうって思ってたんだけどな。」

「…強いね、高橋は。」

由夏が素直に褒めたが、圭吾は首を横に振った。

「全然。俺が金髪にしてるのにはいくつか理由があるんだけど…多分一番の理由は——」

いつも一段上にいて余裕のある態度の圭吾が今はなんとなく同じ目線になっているように見える。

「怖いんだよな。」

「怖い?」

「そ。勉強しないで受験失敗して今度は真面目に勉強してんだけど、これで失敗したら自分が全否定されるような気がしてる。だから表面上は真面目にやってることがバレないようにわざと金髪にした。藤澤は自分のことダサいって言ってたけど、俺の方がダサいだろ。」

由夏はぶんぶんと大きく首を横に振った。

「全然!」

それを見て圭吾は笑った。

「真面目に勉強してるのはあんまり知られたくないから塾にも行きたくなくて図書室で毎日毎日勉強してんだ。」

最近知った真面目な圭吾。その理由を知って由夏は少しだけ“嬉しい”と思ってしまった。自分と同じ、ただの高校生の圭吾。


「で、高校ここに入学した後も俺なりに不安とかプレッシャーとかいろいろ抱えて孤独なガリ勉ライフを過ごしてた。」

「ガリ勉て…」

「そんな時…高一の夏、いつもは裏門から帰ってたんだけど、その日はたまたま裏門が閉まっててしょうがなくグラウンドの方に回って帰ったことがあって——」

“グラウンド”という単語にドキッとする。

「校舎が施錠されるような遅い時間だったんだけど、陸上部の部員が走ってたんだ。」

「陸上部の部員…」

由夏は核心に迫る言葉に胸を騒つかせなが、つぶやいた。

圭吾は頷いた。

「一年の頃の藤澤。」

「うそ…」

「だから嘘じゃねえって。」


(だって、知らない。)

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