第6話 フェンス

「高橋はちゃんと真面目に勉強して、結果出してるよね。模試も英語の発音もすごいもん。」

一度本音を言ってしまえば、素直にすごいと言えた。

「だから金髪にしてても、こうやって体育サボっても、…本当はダメだろうけど…認められるんだよね。」

「………」

「なんていうか…自由?自由の使い方が上手いって感じで羨ましい。」

「………」

圭吾は考えるように黙っていた。

「一応言っとくけど、これ別に嫌味でもなんでもないから。」

圭吾の沈黙が少し気まずさを醸し出している気がして、由夏は圭吾の方を向いて付け足した。


「“ 偶々、帰りに通りがかるようになった”」

口を開いたかと思ったら、圭吾は由夏の言葉の一部分を切り取るように復唱した。

「俺って自由に見えるんだ?」

圭吾も由夏の方を見た。その表情は不思議そうにも困ったようにも見える怪訝な顔だった。

「…うん…自由…に見える。自由をうまくコントロールしてる、みたいな。」

「ふーん、そうなんだ。」


「いろいろ勘違いしてるよ、藤澤は。」

圭吾が小さく呟いた。

「え?」

また見た目で判断してしまっただろうか、と由夏は考えた。


「でも」

圭吾が少しはっきりした声で続けた。

「俺が自由に見えて羨ましいってことはさ、藤澤は自由に憧れてんだ?」

圭吾の質問に由夏はどうだろうと考えた。



(きっと、そう。)



「うん。なんか、そうかも。」

「じゃあさ、たまには自由になってみたらいいんだよ。なんにも気にしないで。」

圭吾が言った。

「なんにも気にしないで自由…」

由夏はぼんやりと自由を想像した。

「ダメ、全然想像つかない。」


「なんにも浮かばないなら、この学校のヤツがみんなやりたいって思ってることやろうぜ。」

圭吾が口角がニッと小さく上がった気がした。どこか悪戯っぽい表情にも見えた。


「行こう、藤澤。」



(行くってどこに?

自由でみんながやりたいこと?

なんか悪いことって予感がする…けど…

でも…)


迷ったのは1秒にも満たないような時間だった。


由夏が立ち上がると、圭吾は背中のフェンスを指差した。

「これ、乗り越えられる?」

圭吾が何をしようとしているのかわからなかったが、迷いが消えている由夏はただコクっと頷いた。


フェンスの高さは2mといったところだろうか。

由夏は運動神経が良く、幸い今は体操着でハーフパンツだ。

フェンスに手をかけたかと思うとあっという間にてっぺんまで登ってしまった。

由夏より一瞬早くてっぺんについた圭吾が、身体を外側に出して顔を上げた。

「あ、やべ。意外と早かったな。」

「え?」

由夏が圭吾の視線の方に目をやると、遠くでクラスメイトがこちらを見てざわついているようだった。

その様子に気づいた体育教諭もこちらを見た。そして、大きな声で何かを言ったようだった。由夏たちを制止する言葉だろうと想像がつく。

「急げ、藤澤!」

圭吾に急かされると急いでフェンスを乗り越えて、ぴょんと着地した。

授業中なのに一瞬でグラウンドの外に出てしまったことにどうも現実味を感じない。


「さて、もうバレたし、急ぐか。」

由夏はどこへ急ぐのかさっぱりわからなかったが、圭吾に乗ってみようと思った。

これから何が起こるのか、心臓がどきどきして内側から叩いてくるような感覚だった。

はじめは少し早足で歩くように由夏の一歩先を圭吾が歩いて、すぐに校門を抜けた。

「俺らはフェンス越えたけど、森先もりせんは教師だからそんなことするわけにいかねーし、その間にけるとは思うけど…」

森先というのは、体育教諭・森本先生のあだ名だ。

「まく…」

言い慣れない言葉にもなんだかワクワクしてしまう。

「そんなに早く捕まりたくないし、やっぱスピード上げた方がいいな。」

と、呟いたかと思うと、圭吾は由夏をおいて走り出した。

「え、ちょっ…」

わけがわからず驚いた由夏も、圭吾の後に続いた。


由夏の靴が、久しぶりに地面を蹴った。

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