第3話 どろどろ

朝から雨が降っている。

ニュースではとっくに梅雨入りが宣言されていたが、今年は雨の少ない梅雨で終わりそうな中でのひさびさの雨だった。

今朝の雨に少し安堵したのは由夏だった。

雨の日でも部活はある。ただ、体育館ではタイムを測ることはない。


(でも天気が悪いのは今日だけ。

明日は晴れるし明後日も晴れ。

あーあ、雨と一緒にどろどろに溶けて消えられたらいいのに…。)


それでも今日は金曜日。明日も明後日も部活がないのがいくらか救いだ。


授業中、窓につたうシロップのようにどろどろとした雨水を見てそんなことを思った。

由夏にとっての天気の「悪い」と「良い」の意味がまるで逆転していた。


放課後、普段の外での練習より40分ほど早く部活を終えた由夏は、バドミントン部のクラスメイト・相良さがら真菜まなと話していた。

「陸上部も夏に大会あるよね?」

「んー…うん…。」

「え、どうした?調子悪い?ケガでもした?」

「んー、ケガとかはしてないんだけど、ちょっと不調…かな。」

「そっか、ま、そういう時もあるよねー。」

圭吾からでなくても、この質問はチクチクと痛い。


(そういえば、高橋とはべつに会話したわけでもないのになんで調子悪いって見抜かれたんだろう。

……当てずっぽう、か。)


「にしても、月曜の英語の課題めんどくさいねー。」

「あ!」

真菜の言葉に由夏はハッとした。

「教室に教科書忘れた。月曜当たりそうなのに。ごめん、教室寄っていい?」

由夏と真菜は教室に向かった。


(あ、この時間の教室ってもしかして高橋たちがいる?嫌だな、会いたくないかも。)


由夏は一気に気が重くなった。


由夏と真菜が教室に向かうと、生徒のほとんどいない薄暗い廊下に男子生徒の声が漏れ響いていた。由夏たちの教室からだった。


「うちのクラスの男子ってほんとヒマだよね〜。」

真菜が言った。そうだね、と由夏は乾いた表情で笑った。


(高橋たち、やっぱり残ってるんだ。

雨なんだからさっさと帰ればいいのに。)


ガラッ

真菜が教室のドアを開けた。

「おつかれヒマ人たちー。」

人懐っこい口ぶりで、真菜が男子たちを揶揄うように話しかけた。

「なんだよ相良、オレらこう見えて忙しいんですけど。」

吉田よしだが応じた。

由夏は吉田の軽口に少しイラッとしてしまったが、さすがに僻みっぽくなりすぎているとすぐに反省した。

「なに、忘れ物?」

「うん、私じゃなくて由夏ちゃんがね。」

由夏は自分のロッカーから英語のテキストを取り出すと、パタンと扉を閉めた。

さて帰ろう、と吉田たちの方をチラッと見て、あれ?と思った。あるはずの金色がない。

「高橋、今日はいないんだ?」

由夏は少しホッとしながら吉田に聞いた。

「え?ああ、うん。今日っつーか、いたことねーけど。」

「え?」

吉田が言っている意味が理解できなかった。 

「いたことないって…え、だって最近毎日遅い時間に見かけるよ。」

吉田は吉田で、由夏は何を言っているんだ?という表情を一瞬浮かべたが、すぐに何かに思い当たった。

「それはあれじゃねーかな、圭はいつも図書室で勉強してるっつってたからその帰り。」

「…は?」

由夏はますます意味がわからないという表情になった。

「勉強?あの高橋が?」

「いやいや、何言ってんだよ。圭ってめちゃくちゃ真面目だぜ?」

由夏はもう、何がなんだかわからなくなっていた。


(真面目?勉強?高橋が?

毎日、図書室で?

あんなに遅い時間まで?嘘でしょ?)


「あーでも、本人はあんまり知られたくないみたいだったから、そう見えないかもな。金髪だし。」

吉田が言った。

考えてみれば学校の近くにいくら遊びに行くところが無いと言っても、あんなに毎日遅くまで学校に残って遊んでいる生徒がいる筈がない。

だんだんと吉田の言葉が頭に沁み込んできて、急に虚しい気持ちが込み上げてきた。

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