第1話 金色

(脚にビニール袋がへばりついたような、静電気を帯びてカサカサと鳴っているような感覚…

ううん、くるぶしくらいの深さの川を流れと逆行して走っているような感覚かもしれない。

とにかく不快で重くて逃げられない、見えない何かが脚に触れている感覚。)


(音も景色も消えたんだから脚だけじゃなくてきっと顔も覆われてる…ああ、でも砂埃の匂いはするし、色もなんとなく感じてるから、目と口に穴をあけ忘れたお面マスクって感じなのかもしれない。)



たった100m走る中で、由夏は自分を包む空気の不快感をどう形容したものか考えていた。

誰に伝えるわけでもない不快感を。

そのたった100mの途中で、今日は黄色いような茶色いような何かが視界の端に映り込んだ気がした。


長い長い100mを走り終えたところで、顧問にタイムを聞き、ため息をきながら由夏は“何か”があったところに目をやった。


そこはグラウンドと生徒が校門に向かう通路を隔てるフェンスだった。

短距離走で使っているのはグラウンドの端の直線ライン。それほど陸上競技に力を入れている学校というわけでもないため、立派なトラックは用意されていない。


何もない。

気のせいか、と由夏がタオルに手をかけた瞬間

「おつかれ」

誰かが由夏に声をかけた。


フェンスの向こうから由夏に声をかけたのは、同じクラスの高橋たかはし 圭吾けいごだった。走る由夏の視界に入り込んだのは圭吾の金色の髪だった。蜂蜜のような透明感のある金色で、影になるところはキャラメルのような色をしている。地毛ではなく、明らかに染めている髪色だった。


(高橋がなんでまだ学校にいて、ここにいて、私に話しかけるんだろう。)


全力疾走直後のぼんやりとした頭で考えていた。


(ああ、教室で騒いでた帰りか。)


由夏はこの金髪のクラスメイトが苦手だった。日頃 必要以上のやり取りがあるわけでもないが、圭吾と圭吾の友人のグループは由夏からすれば騒がしく、中でも圭吾は受験生にも関わらず校則違反の金髪にしているのでさすがに印象が悪い。

しかし、由夏が圭吾に苦手意識を持つ一番の理由は、金髪なことでもなく、騒がしいグループだからでもなく、彼が学年どころか全国模試でも上位になるような頭をしていることだった。


(遊んでたって学年1位になれちゃう高橋。

たった100mでもがいてる私。)


そんなことを考えて、少し虚しくなった。


「お つかれ…」

由夏もぽそりと言った。


圭吾は一瞬 じっと由夏を見ると、向きを変えて校門の方へ歩いて行った。


(なんか言いたげだったな。

「部活なんか真面目にやってバカみたい」とかかな。

高橋から見たらそうだろうけど。…腹たつ。)


もう午後6時を回っていたが、まだ空はそれほど暗くなく、潮風の匂いがいつもより濃い気がした。

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