第8話 氷雨玲奈は威張りたい

「玲奈さんって彼氏いるの!」


「当然よ、そんじょそこらのガキっぽいやつとは違う、大人な彼氏なんだから」


と言う話があった。


「って訳で、明日アタシに付き合いなさい」


「何してんだ……お前ぇ」


◾️


犯人は中学時代の友人との電話中、すでに彼氏がいると嘘をついたらしい。


100%見栄だ。


だがそこまでならいい、彼氏がいると思わず嘘ついてしまうのも学生なら仕方ないことで、カナタも2割くらいは理解できる。


ただ問題はこのあとだ、


「アタシにベタベタもうざったいくらいよ、愛されすぎて困っちゃうわ〜」


イキったのだ。


元同級生より一歩先を行く自分かっこいい。

大人びた雰囲気、大いに結構。


彼女は勢いに飲まれて口を滑らした。

否、滑らした所ではない。


「玲奈さんの彼氏見てみたいな〜!」


電話越しに聞こえる黄色い声援。

真実なら首を縦に振るのに躊躇などいるはずないが、これは嘘である。


彼氏とやらは引越しの住民票だかで当たり前のように外出中。


「う、うーん。ちょっと……」


「いつもベッタリならなんの問題もないよね、ね!」


渋い顔で頷く以外に逃れる方法はなかった。


◾️


「なんて事してくれたんだ」


現在、日曜朝の10時。


せっかくの休日を台無しにするほど鬱陶しい人混みに頭痛を覚えながら、彼は駅前の待ち合わせスポットにいた。


ニチアサを見逃さざるを得なかったカナタは、しょぼしょぼした眼を擦り、意味もなく外に立たされている。


どれもこれも見え張って口走った彼女のせいだが、かといって無視することもできない。


そもそもの話、カナタは彼女を含めた5人に許嫁の約束を取り付けた疑いがある。

順当にいけばそのまま恋愛、結婚の流れだったものを複数人に声かけたのが原因で保留になっているだけ、


元を辿れば自己責任になってくるので、彼女のわがままの尻拭いをする義務がある、


「まあまあ似合ってるじゃない」


遅れて到着してきた玲奈は白のノースリーブニットにワイドパンツ。

今時の高校生はピンクとか着ないのか? と失礼な考えが脳内に浮かぶが、あたりを見回してもそのような人間はいない。


それどころか安○奈美恵の真似はもう流行っていないようだった。


「……なんで一緒に行かなかったんだ」


同じ家に住んでいるのに遅れるもクソもない。


洗面所から一向に動かない玲奈を待ちぼうけていたら「先に行け」と言われたのだ。


そのセルフは自分で言ってみたかったと、悲しみに暮れて待ち合わせに来たが、よく考えればおかしな話だ。


そう思って切り出したが、


「いいじゃない、こういうの一回やってみたかったのよ。それよりどう? 何か言うことなーい?」


わざとらしく首を傾げる玲奈。

だがカナタは自身の上着を玲奈に向かって放り投げる、


「腹冷やす前に着とけ」


「えー! もしかして意識してる? いいのよ見ても、なんてってアタシ彼女だから」


口元に手を当ててニヤニヤする彼女だが、正面から人の姿が。

そしてすれ違いざまにぶつかりそうになった瞬間、


カナタは玲奈の腕を掴んで抱き寄せた。


「見せ過ぎだ、目立つ前に着ろ」


「……う、うん」


眼をグルグルさせ、何も言えなくなっている玲奈は大人しく上着を羽織る。


「これはいいものを見せてもらいましたよ」


感想とともに現れたのは、玲奈の友人。

今回のラスボスである。


◾️




ウェーブのかかった長い茶髪。

玲奈の友人はよくいるTHE・JKと言った人間だった。


そしてJKらしくオシャレなカフェに連れて行かれることになり、カナタは財布の中身を気にし始めるが、時すでに遅し。


すでに店内へと乗り込んだ彼女たちの後を場違いに思われないかキョロキョロしながらついていくことになった。


そして今に至る、


「それが例の彼氏ねー、なかなかイケメンじゃーん」


タピオカを箸で食べているカナタにチラリと視線を向けてそう言った。


「だから言ったでしょう? あんな有象無象を一緒にされたら困るって」


「知ってる彼氏さん? この子男子からめっちゃ告白されたのに全員振って、ついたあだ名が氷結女王。裏バンだったんですよー」


「……強そうなあだ名だな」


実は氷系の能力でもあるのでは?

あったとすれば見てみたいが、かき氷以外に使い道はないので掘り下げなくてもいいだろう。


「しかもこの子、彼氏さんに相応しい、とかなんとか言って元が良いくせに化粧なんてしちゃってー」


「ちょ、ちょっと!」


これ以上喋らすと余計なこと言いかねないと口を塞ぐべく身を乗り出す玲奈だが、


「知ってるよ」


彼の言葉に動きが止まる。


「頑張ってるのはちゃんと見てる」


「ああもう、なんでこんなとこで……そんなこと…………ばか」


取り繕うことすらできないガチの赤面に、うるさい口を塞ぐはずだった両手は彼女自身の顔を覆っていた。


「……お花摘み行ってくる」


そう言って立ち上がったカナタは店の入り口へと向かっていく、

それに友人は指を刺してトイレを教えるが、気づかず外に出て行ってしまう。


「お手洗いなあっち……いっちゃった」


すぐそこに標識があったのに、と疑問を感じるが、気にしても仕方がない。


「まあいいか! 玲奈さんあの人ライバル多そうだけど大丈夫?」


今までのをみた感じ、玲奈が他の男に靡かなかったのも頷ける。

だがこれから始まる高校生活において新しい出会いというものは必ず訪れる。


同じ学校で一緒に暮らして監視でもしていない限り、他の女に目移りする可能性が高い。


「……良いのよ。ライバルがどれだけ多かろうと、最後にアタシの下に帰って来るなら、それで十分」


彼女は窓から歩いているカナタを見た。


彼の考えていることなど、とうにお見通しとばかりにストローに口をつけた。


◾️


氷雨玲奈は優秀な人間だった。


生まれつき端正な顔を持ち、運動はもちろん勉強もできた。

完璧超人というのがしっくり来るほどに、彼女はなんでもできた。


だからこそ彼女は、自身が惚れたカナタがモテるであろうこと予期した。


自身が好きになった人間だ、人気があるのは間違いない。

そう感じた彼女は彼の横に相応しい人間になるよう努力した。


化粧などする必要がないほど整った顔をしているにも関わらず、彼女はさらに上を求めた。


運動に始まり食事制限。

比較的ストレスを溜めないよう心がけ、彼に出会ってからはバストアップも努めた。


全ては彼に並び立つために。


彼が誇れる彼女であるために、玲奈は研鑽を続けるのだ。


◾️


カフェに帰ってきたカナタを待っていたのは会計済みの伝表と、完全に飲み干されたタピオカだった。


「俺のタピオカ……」


「今時タピオカなんてどこにでも売ってるわよ、変に気取って逆に流行おくれ晒してるようならまだまだね」


自慢げに腕を組む玲奈に、最先端だと思っていたタピオカが遥か昔の古代文明であることに驚きを隠せないカナタ。


ショックで口が空いたままの彼に、玲奈は、


「それで片付けてきたんでしょ?」


堂々とそう言い放つ彼女に、友人は「何の話?」と問うと、


「アタシのストーカーがいたみたい。それで気が気でないから言い訳して抜け出して、アタシがわからないとでも思ってたの?」


「……気づいてたのか」


「アンタの態度がおかしかったのよ。言っとくけど、アンタが何考えてるかくらいお見通しだから。隠し事はしないことね」


言ってやったり、とドヤ顔をした玲奈は、時間も迫っていると立ち上がる。


「それと会計と待たせた分、後でキッチリ払ってもらうから」


そしてカナタの腕を掴み、耳元に口を近づける、


「もちろん身体でね」


「……マジかよ」


「さっきのお返しよ、ふふん」


上機嫌で店を出て行った玲奈の姿に友人は、驚きのあまり硬直していた。


「わーお、すごいの見ちゃった」


その後、上機嫌な玲奈に連れ回されたカナタは5時間のウィンドウショッピングを強いられたのは、また別のお話。




【次回予告】

カナタの住むシェアハウスのお風呂場がついに公開。

圧倒的なデカさを誇るその浴室に、一人で寂しく入浴などあるはずもなく、


次回! VSお風呂大戦争

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