第5話 樟葉渚沙はガチニート

ことの発端は食後のひと時だった。


「何見てんの?」


現在、カナタが拉致監禁されている屋敷のリビングには100インチ4Kのバカでかいテレビが存在する。

しかも丁寧に壁掛けされて、だ。


そのため誰かがテレビをつければ否が応でも視界に入ってしまうので、映画を見る以外に使い道がほぼない。

かく言うカナタは一度も触ったことはない。


だがそんなテレビを付け、あまつさえチャンネルを操作する強心臓がいた。


ツンデレ、氷雨玲奈である。


「渚沙が言ってたのよ、最近流行りのゲームがこれだって。アタシにはさっぱりわかんないけど」


ソファに深くもたれかかり、ショボショボした目を擦っては眉間を摘む玲奈。


それにカナタも視線を向けると、よくネットで見かける最近話題のFPS。

箱庭の中で銃撃戦を繰り広げるものだ。


「お前ゲームとかするタイプだっけ?」


「アンタがやるんでしょ、だったら知ってて損ないの」


「やべぇ、やってねぇ」とは言い出せる雰囲気ではなくなった。


「言っとくけどアタシはど○ぶつの森なら最強よ、アンタなんてボコボコだからあんまりイキらないことね!」


「あのゲーム勝ち負けないだろ」


何を競うつもりだと、森に住む動物の討伐数、もしくは森林伐採の数かと考えるが、もしそれなら負ける気はしない。


いつでも受けて立ってやると意気込んでいたカナタだが、流しているFPSのプレイ動画を会話の片手間に見ていた玲奈がついに諦める。


でかい息を吐いて仰向けに寝転がる。


「あーもう無理、向いてなーい! 保湿して寝るー!」


「がんばれー」


◾️


「買ったはいいけどやってなかったんだよな」


プライバシーを確保した自室に戻ったカナタは、パソコンの前で胡座をかいた。


発売時期に暇だったから買ったは良いものの、その後はなんやかんやで手をつけていなかった。


高校が始まれば昼間は強制的に拘束されてしまう。


今のうちに楽しめるものならと、電源を入れてキーボードとマウスを手繰り寄せる。


ちなみにパソコンは莉音に借金して買ってもらった。


「ちょこっとやってみるか」


それが地獄への入り口だとは知らずに、


◾️


莉音の朝は早い。


この家に住んでいる6人のうち、料理を作れるのは4人。

中でもカナタは「食えればいい」の男メシなので、本人が出したがらない。

一人の時に腹が減ったら食べるタイプ。


玲奈も料理は一通りできるが、日頃から作るモチベーションは無い。

わざわざ早起きして作るくらいなら外食を選ぶような人間だ。


美夜は家柄も相まって和食限定。

無駄に凝り性なので品数が多くなり、数名がダウンする。


残りの二人は論外、キッチンを破壊する。


なので消去法的にも莉音が食事を作ることになる。

犯人もそれを望み、特に不満はない。


こうしていつも通り、早朝6時に起きてキッチンに向かう。


だがその最中、


通りかかったリビングにて人の影。


どこの阿呆かと恐る恐る近づいてみると、ひどい隈を刻んだカナタが白目をむいて倒れていた。


しかも床に、直で。


◾️


寝不足のカナタをソファに転がし、莉音は朝食の準備を続けていた。


「これどういう状況?」


寝起きで死に体のカナタを見て絶句する玲奈だが、すぐに呆れて驚くのをやめる。


「徹夜でゲームしてて、飲み物取りに行く途中で力尽きたみたいです」


「そんな砂漠彷徨ったみたいなことある?」


今もなお死にかけているヤツを一瞥し、肩をすくめる。


「喉乾いたならさっさと取りに行けば良いのに」


「それが……勝てなかったみたいで」


「勝てなかったって?」


「一回も勝てなかったみたいで、熱中して、負け分取り戻そうとして、こう」


「子供か!」


「……だって、回線が悪かったんだもん」


鳥の首を絞めたような掠れ声が、ソファの隙間から聞こえる。


だが、


「ウチのネット回線はは業界最高速、安定抜群なのでその心配はありません!」


「アンタそれ誇っちゃだめなやつ。負け惜しみにトドメ刺してどうすんのよ」


「じゃあ太陽フレアとかのせいで、一時的に俺の回線だけ悪かったんだ」


拗ねて使い物にならなくなったカナタを見て、一回も勝てないのは相当な下手くそなのでは? と疑問が浮かぶ。


玲奈はサブカルに詳しくない、莉音などそれ以下だ。


そのためFPSゲームをやりこんでいる人物に対して、できない人間として一定に敬意はあった。


だがそれと同時に、自分とは別種の人間である乖離も内包していた。


だからこそ、勝てずに拗ねているカナタに対して、得意でない者として共感し、ほんの少し悦に浸る。


「あーもうはいはい、アタシと簡単なゲームでもしましょ」


「……お前F○のことファ○ファンっていうからヤダ」


「どうでも良いでしょうが!」


ムキーと暴れる玲奈を無視。

のそのそ起き上がったカナタは亡霊のように自室へと吸い込まれていった。


「負けて拗ねるくらいなら練習すれば良いじゃない!」


口を尖らせてソファにドカッと座る玲奈。

そのままスマホを取り出して動画サイトを開く、


「調べればいくらでも出てくるって……」


そう言ってカナタがボロ負けしたゲームを検索にかけ、当て付けとばかりに無造作にタッチ。


すると、


「ぎゃあああああ!」


『ぎゃあああああ!』


一つは部屋から、もう一つはスマホから。

知っている声が二つ重なって聞こえた。


『初心者いたぶるのたのしぃぃ!』


激しい銃撃音の奥でボロ負けして叫び声を上げる、よく知った声が反響。

リスポーンした瞬間倒され、一方的に蹂躙する地獄絵図。


カナタが使い方を分かっておらず、ボイスを切っていないため、お互いの声が筒抜けになっているのを良いことに見せしめにしていた。


正直ここまでされると可哀想になってくる。


そして試合が終わり、部屋の奥から啜り泣く音が聞こえると同時に配信者の男が意気揚々と声高らかに宣言する。


『【漆黒の堕天使】チャンネル登録者よろぴく!』


「名前ダサっ」


玲奈はシンプルに毒吐いた。


「ハンドルネームダサすぎでしょ、まさか何アイツも変な名前使ってるんじゃないでしょうね……」


そう思って対戦相手の名前を見ると、


【純白の熾天使】


「アンタもかぁああ!」


絡まれる理由がわかった気がした。


「男ってみんなこうなの?」


「……それはどうかな?」


壁にもたれかかり、腕を組む少女。樟葉渚沙

ネコミミパーカーに身を包み、指を2本だけスッと上げて合図する彼女の姿は、まるでM字ハゲの王子のようだった。


だがそのネタが通じるものはここにはいない。


「起きたらさっさと食べちゃいなさい」


「……まって、話流さないで」


冷めた発言で突き放そうとする玲奈に、渚沙はしがみつく。


「ん、……こいつのことは知ってる。最近噂になってるチーター」


そう言って渚沙はスマホを取り出し、画面を見せる。


「……いわゆるインチキ野郎」


今のカナタはチーターの売名稼ぎの餌食になっている。

それは一人のゲーマーとして到底許せるものではない。


そして何より、


厨二の阿呆のせいで自身とのつながりを立たせたくはない。


「カナタの仇は私が取る」


◾️


樟葉渚沙はいわゆるボッチである。


生まれつきIQが高いとか、ギフテッドだとか、超人だとか、

多くの理由を大人から聞かされた彼女だが、それで友人が増えるとは思っていない。


一人でいることに苦はない。

他人といる方が苦しかった。


合わせる意味がない。

みんなで、という言葉が嫌いだった。

自分の好きほ否定されるのに、誰かの好きを肯定する意味が分からなかった


だから一人で没頭できるゲームに逃げた。

それをとやかく言う大人は多かった。

この世界は群れだから、個人は排斥され、集団でいることが美徳となる。


彼女は人間が嫌いだ。

だから滅べばいいと、その天才的な頭脳を使おうとした。


「別にいいんじゃねぇの、ぼっちで」


彼がそう言った。

彼だけが、


「人は独りでも生きていける、だけど心は無理だ。だから関わる」


「独りで居続けることに疲れたら遊ぼうぜ」


人を本心から肯定するのは難しい。

大人のその場しのぎの肯定ではなかった。


彼女はこの時初めて、自分以外の人間を認識した。


◾️


【漆黒の堕天使】は目の前で起こる不可思議な現象に戦慄していた。


オートエイムを使い、初心者のいるランク帯で無双する。

視聴者のウケも良く、弱い奴を蹂躙するのは気分がいいのもあって興が乗った。


そして昨日の夜、初心者マークをつけ、ぎこちない動きをするカモを見つけては付け回した。


幸い初心者すぎてサーバーを変えることもなく夜通し続き、気分は最高潮。

再生数の餌食になるためだけにログインしてきたと付け回していたが、


「何でだ、おかしいだろ」


先ほどとは動きが変わっていた。

明らかに熟練者の動き。

自身が勝てずに逃げ帰った、最高ランクを彷彿とさせる実力差。


《まだやる?》


垂れ流していたボイスも切れており、淡々としたチャットが送られてくるだけ。


それに自尊心を傷つけられた彼は、


「ふざけんな! チートだ、チート!」


思わずキーボードを殴りつけてしまった。


「あ……」


殴りつけたキーボードは非表示にしていたあるものを表に出す。


そう、チートの起動ウィンドウである。


その日を境に【漆黒の堕天使】は姿を消した。


界隈では召されたと噂になった。


◾️


「……カナタ、ゲームする」


謎の格闘ゲームを片手に部屋に殴り込んできた渚沙は、ふてぶてしい顔でコントローラーを手渡す。


「これクソゲーって言われてるやつじゃん。しかもハード本体を破壊するって噂の」


「……クソなのは間違いない。でも二人の方が、楽しい」


赤面した顔を見られないよう、フードを深く被った。


それを見たカナタは、


「…………わかった、でもその前に」


一呼吸おいて、


「ロ○ダルキアの洞窟から出られない、助けて」


ナギえモんのゲーム攻略は朝までかかったらしい。









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