第4話 桜花莉音は忘れない

桜花莉音は世界有数の巨大財閥のご令嬢だった。


優秀な父を持ち、戦後に財を成した傑物を祖父にもつ実業家の家系。

当然彼女にも期待が降りかかることになるが、彼女には弟がいた。


歴史のある財閥で、多くの権力者とも縁を持つことになる彼女だが、関わるものたちの関心は「会社を継ぐであろう弟」に向けられた。


父は「一族経営より優秀な者に任せる」と言ったが、それを額面通り受け取るかは相手の自由。


そのため、莉音は社交界の場において「財閥の令嬢」であると同時に「弟が死んだ時の代用品」でしかなかった。


彼女を見る人々の視線は、人間を見るそれではない。


道具、だったのだ。


だから身代金目的の誘拐が発生した時にも「それが自分の有用性」であると受け入れられた。


自分にあるのは、自身に存在する付加価値は「財閥の令嬢」だけだと、そう思っていた。


「他人に価値を求めるな、お前のことはお前が勝手に決めろ」


額から血を流し、痛みを噛み殺して彼は言った。


「胸張って生きろ、そうすりゃ後ろについてくる」


◾️


服に関して、カナタは昔の同僚から「地元のファッション誌のやつ適当に着るか、追い剥ぎすればいい」と教えられていたため、知識は全くない。


本人も「布だぜ!」としか思っておらず、関心もないのだ。


「こんなの似合うんじゃないですか!」


なのでファッションに詳しい莉音がキャッキャウフフしながら服を進めてくるのに対して、なんの弁解も浮かばないまま、されるがままだった。


「今度は夏前に買いに行きましょう!」


「うん、そだね」


とても長い買い物が終わった。

普段の「適当に入れてしまえ」は莉音によって却下され、検閲と吟味、まるで品質テェックの如く厳しい審査を終えた服のみが購入された。


時間にしておよそ2時間。


アニメ4話は見れてしまう。


口から魂が出そうになるが、水を刺すようなことはしない。

莉音が楽しそうにしているのなら、それを破壊する理由はないのだ。


ウキウキで歩く莉音の後ろをついて行くカナタだったが、彼の袖を誰かが引っ張った、


「ん? ……子供?」


見た目から推測するに幼稚園児ほど、肩ほどのショートカットで脇にはキメラのぬいぐるみ。


小僧、小娘、クソガキで迷ったが、最も枠のひろい子供を選択。

だが子供の扱いに慣れるほど、カナタは子供好きではない。

妹も知らぬ間に父親が再婚して増えてたので、子供の怪し方に関してはど素人。


下手に刺激して不審者になるのも怖い。

なぜ自分なのだと、下を向いたまま無言で袖を掴む子供にかけるべき言葉を探っていると、


「どうしたんですか?」


頼りになる少女が到着。


「……お母さんが迷子になった」


それは逆なのでは、というツッコミは飲み込んだ。


「迷子センター連れてくか?」


「うーん、でも……」


今にも泣きそうな幼い少女に、彼女は昔の自分を重ねた。


「そうですね、でも見つかるまでは一緒にいてあげようと思います。こういう時は、誰かが側にいたほうがいいんですよ」


優しく頭を撫でる莉音の目に、カナタは時間の流れを見た。


彼女は成長している。

あのとき出会った泣き虫は、もういないのかも知れないと、少しだけ寂しさを抱えた。


「私と、この人がお母さん見つかるまで一緒にいてあげるから、大丈夫だよ」


「……うん」


「そうだアイスクリーム買いましょう! ここにはGO○IVAのアイスクリームが食べられるところがあって」


「子供にGO○IVAわからんだろ」


逆に高級お菓子の味を分かってる子供の方が気持ち悪い。

「ふっ、ジェネリックか」と言いながら出されたお菓子を食べる子供など見たくない。

質より量、子供はそうあるべきだと、カナタは目の前にいる金持ちを見てそう思う。


「お名前はなんていうの?」


「……みゆ」


◾️


流石に高級店のアイスクリームはやめることになった。


チェーン店の3段アイスを感激しながら食べる幼女の後ろを歩きながら、カナタは中身の減ったナイフをしまう。


「いくらしました? あとで私が……」


「流石にそこまで出してもらったら俺がヒモみたいになる」


金持ちなのは知っているが、そこに甘えては人として終わってしまう。

何より他人の金で奢りなど、不思議以外の何物でもない。


「お姉ちゃんたちは付き合ってるの?」


「はい、当然です。みゆちゃんは見る目がありますね、あそこのお店も入りましょう」


「待てこら」


流れるように誘拐犯をする莉音を引き止め、目的地に促す。


だがそのとき、視界に疑問が浮かぶ。


「お前、ぬいぐるみどうした」


「あっ……」


アイスに夢中になりすぎたのか、道中で落としてきた可能性が高い。

面倒ごとにため息をつきかけるが、今から探れば間に合うだろう。


「探してくる、お前らは先行ってろ」


カナタの姿が少しの風圧を残して消えた。


「好きなの?」


いなくなった後、幼女は純粋な疑問をぶつけた。

それに莉音は、


「うん、そうだよ」


「でもあのひと……」


嫌っているようには見えなかった。

だが、同じだけの好意を向けているようにも見えなかった。


それを鋭い子どもの感覚が無意識に捉えていた、


けれど莉音はそれを分かっている。

だから幼女の目線に合わせるよう、しゃがみ込んで、


「愛情に見返りを求めちゃいけないんです」


ゆっくりと口を開いた。


「愛情はもらう物じゃない、与える物なんです。だからいつか、彼が愛に気づいた時、その向きが私だったらいいなって願ってるだけなんですよ」


「……?」


「みゆちゃんのお母さんは優しいですか?」


「やさしいよ」


「お母さんがみゆちゃんに優しくするのに、何も見返りを求めないでしょう? そのうち、大きくなったらわかりますよ」


そう言って莉音は立ち上がる。


「いきましょう!」


幼女の手を引いて歩き出す莉音だったが、そこに人の影が重なる。


「おっと! クソガキの汚ねぇもんついちゃったじゃねぇか」


背丈は成人男性ほど、似合わないニット帽にジャラジャラとしたアクセサリー。

とりあえず足せばいいの安直な思考から生まれた闇鍋ファッションをした男が難癖をつけてきた。


「ぶつかってきたのはそっちですよね」


莉音はさりげなく幼女を自身の後ろに隠す。

だがメンチ切ったチンピラと、その後ろでニヤついた数人を前に足が震える。


「弁償しろよ! ブランドものだぞ!」


「それ、コピー品ですよ」


「……えっマジ……そんなことはどうでもいんだよぉ!」


怒鳴り声をあげて地団駄を踏む。

その光景に幼女は恐怖に染まり、莉音の足にしがみつく。


「弁償じゃあすまねぇよな? 随分綺麗な顔してるし、ちょっと俺たちに誠意ってやつ見せてもらおうじゃねぇか」


ニタニタ笑う後ろの仲間達。

莉音だけなら逃げられるが、幼女を抱えて逃げられる可能性は低い。

何よりこれ以上引き伸ばせば幼女の精神状態に悪い。


「どうせそんな歳でガキこさえてんだ、今更清楚ぶってんじゃねぇよビッチが」


幼女の精神にトラウマを植え付けかねない状況なため、金を払ってでも切り抜けるべきだと思ったそのとき、


「どうせ碌な男じゃねんだか……」


胸ぐらに伸びていた男の手を、莉音ははたき落としていた。


「私は良い、けれど彼を悪く言われる筋合いはない!」


男ははたき落とされた手を見て、顔を真っ赤に燃え上がらせる。


「このクソ女がぁ!」


男の拳が振り上げられた。


カッとなってやった。


自身の愛するカナタを悪く言われたのが許せなかった。


だがそれは幼女を連れた状態でやるべきでないことを、彼女はすぐに後悔した。

譲れないものがある、汚されたくないものがある。


それでも、飲み込むべきだったのか、


振り下ろされる拳に目を瞑り、身を屈める莉音だったが、


「楽しそうだな」


よく知る声がした。


男の腕を掴み、自身の前に立つ少年の姿。


「俺も穏便に済ませたい、分かってくれるな」


光のない眼でカナタはチンピラに殺気を向けた。


喧嘩に枠を超えた、本物の殺気。

男の中にある根源的な恐怖を刺激した。


「だからなっ……」


腕が微動だにしなかった。

まるで大岩に括り付けられたような、巨大な力で押さえつけられている。


「分かるよな」


「……あぁ」


何か得体の知れない化け物に遭遇した顔で男は後退した。


「行くぞお前ら」


「良いんすかあんなガキに」


「あいつは何かヤバイ、関わらないほうがいい」


仲間を連れて去っていく彼らの姿が見えなくなのを確認してから、カナタは

震える幼女にぬいぐるみを手渡した。


「もう大丈夫だ、あいつらは二度と来ないからな」


ぬいぐるみを抱き抱える幼女にそう言うと、莉音に視線を向ける。


「怪我はないか?」


「大丈夫、ありがとう」


何があっても、彼は必ず来てくれる。

あの日から変わっていない。


◾️


迷子センターに着いた時には、青い顔をした母親が駆け込んでいる最中だった。


女を見つけてすぐに駆け寄り、送って届けたカナタと莉音に深い感謝を述べてから、彼らを送り届けた。


「私たちに子供がいたらあんな感じなのかな?」


手を繋いで去っていく彼らを見送りながら、莉音はそう呟いた。


だが直後にほおを赤らめ、両手を顔の前で振る。


「そういう意味じゃないですよ! 今のはなんというか、あれです! そうアレ!」


なんとか誤魔化そうとする莉音だが、誤魔化す言葉も浮かんでいない。

勢いだけでゴリ押そうとする彼女に、


「そうかもな」


それだけ言い残して踵を返す、


「買い物の続きだ、今日はデートなんだろ?」


莉音は目を輝かせて、


「はい!」



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