第5話
僕が困惑しているのを全く意に介せず、せのんは着ている白いTシャツとその上に着ている水色と紫色のチェックのワンピースをつかんだりはなしたりしている。
「お風呂、入る?」
せのんは笑顔で答える。シャワーだけは嫌だと言うので、浴槽にお湯を張る。その間に、とりあえずの着替えとして学校指定の僕のTシャツを提供することにする。ためしにせのんの身体に当ててみると、見事にワンピースになった。せのんの身長を考慮していつもより少なめのところで蛇口をひねる。
「せのんは、ひとりでお風呂入れるの」
「入れないよ」
事も無げに、せのんは言う。つまり、僕に身体や頭を洗わせる気でいるのか。せのんはそうだと言う。僕がそれは無理だ、嫌だと言う。せのんもひとりでは入れないと何度も言う。これではらちが明かない上に、せっかくのお湯が冷めてしまう。ガス代と水道料金がもったいないので、お互いに歩み寄ることにする。
「せのんが自分で身体を洗ったら、僕が頭を洗ってやろう」
せのんも納得してくれた。せのんが身体を洗った後、バスタオルを身体に巻き、柔らかな髪の毛を洗う。濡らすと癖っ毛がさらに、うねる。僕は直毛で濡らすと、いつも以上に真っ直ぐになるので、真逆の性質がおもしろい。せのんは何がおもしろいのか、頭を洗っている最中、ずっと声を出して笑っている。目と口を閉じないとシャンプーが入るぞと言うと、返事はするのだがまたすぐに笑う。
「せーや君、今度は銭湯行こう」
「銭湯でバスタオルは巻けないから、無理だな」
せのんは不満そうだ。
「じゃあ、せのんがひとりで頭も洗えるようになったら、一緒に行ってくれる?」
「考えておくよ」
せのんがしばらく黙っていたので、シャンプーが目に入ったのかと心配したが、せのんは微笑んでいたようだ。
懐中時計のおまけは「せのん」というひとりの小さな女の子だと確信した。
その日のうちにせのんの服を洗ったら、朝には乾いた。早朝、自分が高校に行く間、せのんをどうしようかと案じていると、せのんが起き出してきた。
「せーや君が時計を買ったお店で待っているよ」
言うなり、せのんは作り付けの下駄箱の扉を開け、花の飾りがついた白いサンダルを取り出す。あの気難しそうな店主が引き受けてくれるかどうか、不安ではあったがためもとで訪ねると、あっさりと了解してくれた。
「夕方までに迎えにきてくれればいい」
僕は頷く。店主とせのんは親しげに話す。
「もしかして、ふたり、グルなのでは…」
「グルだと言えば、そうなるだろうな。でも、こうして日中は僕がせのんの世話をするのだから、少年に責められるいわれはない。だからといって、学校が休みの日までせのんを預けに来るなよ。ほら、少年、早く行かないと遅れるぞ」
アフターサービスも万全というわけか。
「せーや君、お勉強がんばってね! 立派なお医者さんになるんだよ!」
手を振るせのんに照れながら、せのんは僕のことを知りすぎていると思った。
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