第6話

 せのんが僕について知っていたことを整理する。

 まず、名前。せのんは目覚めるなり、僕の名前を呼んだ。僕の名前は和泉精也いずみせいや。同時にせのんは僕の顔をも知っていたのではないかとも思う。写真を見るなりして、顔を覚えることはできるだろうが、目覚めてすぐに僕だと判別したからだ。もちろん、「せーや君」の部屋に帰ってきた人物なのだから、「せーや君」であったとしてもおかしくはないのだが。

 第二に、せのんが僕の部屋の中に入ったのかは別として、僕の住む部屋を探すのはそんなに大変なことのようには思えない。帰宅する僕をつければ済む話だ。

 第三に、僕が時計を買ったことを知っていること。僕がよく大学病院の前まで行くのは、調べればすぐにわかりそうだが、もともと時計を買う予定はなかった。ナースウォッチが壊れたから、懐中時計を買ったまでなのだ。きっと、今もナースウォッチが壊れていなかったとしたら、わざわざ新たに時計を買うことはなかっただろうし、これから先もずっとそうだとも思えた。

 第四に、僕が医師を目指していること。今思えば大げさかもしれないが、昨日、店主が「モノの価値」のたとえに、教科書や参考書、医学書をあげたのも偶然ではなかったのかもしれない。きっと僕はゲームや服、交際費などで例えられたなら、あの懐中時計を買わなかっただろう。実感が湧かないからだ。これも、大学病院が近くにあったことと、僕が高校生であったからなのかもしれないが。

 スラックスの右ポケットには、割れたガラスを取り除いたナースウォッチ。左ポケットには、昨日買ったばかりの懐中時計が入っている。

 僕は医師になることを目指しているとは言ったが、どうしても医師という職業に就きたいという明確な理由があるわけではない。ただ単に唯一の友達が医学部に在籍していて、将来的に同じ病院で働ければいいというだけのことだ。だから、実際には医療従事者であれば、医師だろうが、看護師だろうが、薬剤師だろうが問わない。できることなら、彼女と同じ医師になって対等な立場になりたいと思っただけだ。

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