第3話
目の前のガラス戸が揺れる。
「お客さん。買うの、買わないの」
店主らしき妙齢の男性が店の中から身を乗り出し、左手をガラス戸にかけている。
「これ、いくらですか」
店主は聞かれ、目を閉じ考える。
「五千円でどうだ。高校生の君には、妥当な値段だろう」
一瞬、何故、自分が高校生だとわかったのかと聞こうと思ったが、すぐにやめた。学校帰りである僕は制服を着ている。
「それにしても、五千円は高すぎます。僕は下宿しているので、生活が苦しいのです」
「モノにはそれに見合った価値というものがある。君だって、教科書や参考書が高いからといって、買わないわけにはいかないだろう。何故なら、勉強についていけなくなるからだ。すぐ近くの大学病院。その前に医書店あるだろう。医学生や病院で働く医者たちは、一般書に比べて医学書が非常に高価なことを知りつつ、それでも喜んで医学書を買っていくものだ」
いつの間にか、表に出てきた店主は言い聞かせる。
店主は四角く小ぶりな眼鏡をかけている。店主の視線はどこか不自然で、眼鏡を普段からかけているのではないとすぐにわかる。シルバーフレーム、というよりは銀縁の眼鏡。それも恐らく、プラスチックではなくガラスのレンズ。プラスチック特有の緑色した反射がない。
白の半そでシャツに、夏らしくないくすんだ色のチノパン。これをまた骨董品としかいいようのないサスペンダーでつっている。全体的に古風で、昭和の香りがする。
長めの前髪から覗く目は、どことなく陰湿な感じもする。腰には一体何に使うのか、祭りでよく見かける狐の面が、ベルト通しにくくりつけてある。
「で、どうする」
「買います」
店主はそれでいい、というように何度も満足そうに頷く。早速、財布からなけなしの五千円を払うと、店主はさっさと店の奥にひっこむ。
「すみません。この時計のおまけって…」
ほこりっぽい店の中で店主は振り向き、
「ああ、すぐにその意味がわかるよ。答えは君の心の中、もっとわかりやすく言えば、君の下宿先にあるだろう」
と意味深に言い、藍色したのれんをくぐって僕の視界から消えてしまう。なんとも意味深な発言だ。確かに僕は五千円の対価を払い、新たな神を得た。第一の神時計は無償で得たものだが、僕の不注意(本当は僕に声をかけた女の子、いや、現実には乱暴な運転をする人物)が原因なのだから、僕が第二の神時計を得るために大金を払わねばならぬというのも、一応は筋が通っているように思える。だから、答えが僕の心の中にあるというのは、つまりはこういうことなのだろう。しかし、おまけである。僕が店主に尋ねたのは懐中時計ついてくるというおまけのことなのだ。前者は僕が金を払うことで、禊ができたことがおまけと言えることはまだしも、僕の部屋におまけがあるとはこれいかに。
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