第2話 一度目の夏

 三年前。


 純白の部屋。清潔感を意識して作られたであろうその部屋は、ライにとって狂気と圧迫感を憶える嫌いな部屋だった。

 その中央。 そこには、十歳程の美しい少女が立っていた。ライトブラウンのその髪は肩の辺りで切りそろえられ、それが愛くるしさを演出している。白いワンピースを身にまとい、目を閉じてまるで眠っている様な少女は、まるで人形である。

「起きて。……朝が来たわよ」

 ライは少女に向かって優しく声を掛ける。すると少女は目を開けた。

 綺麗な二重の目蓋の下に美しい琥珀色の瞳を備え、桜色の薄い唇を持つ彼女は言った。

「おはよう。……あなたは?」

 虚ろにそう答える彼女は、まるで人間そのものであった。

 ライは歓喜に呑まれそうになるのをじっと堪え、にこやかに口を開く。

「私はライ。あなたを作り出した研究者の一人よ。…………あ、分かりにくかったかしら?」

 少女が首をコテッと倒したのを見て、ライは詳しく説明を始めた。

「あなたは私達が作り出した、人間の感情を持つアンドロイドなの。あなたは何処から来たか分かる?家族は?名前はどう?」

 ライが説明している間、少女はその琥珀色の瞳でじっと彼女の事を見つめていた。そして問われると、考え込む様な仕草をして小さく答えた。

「分かんない」

 ライは変わらず優しく続ける。

「そうでしょ?……今日からあなたの家族はこの研究所の職員。そして名前は、名前はー……?」

 ライは考え込んだ。少女を開発するのに必死で名前など考えていなかったのだ。

「あなた、名前はどうしたい?」

 あろうことか本人に聞いてしまった。

「え?うーん……何でもいいよ。ライは私のお母さんみたいな人なんでしょ!ライが付けた名前なら私は何でもいい!」

 太陽の様に眩しい笑顔でそう答える少女に、ライは懐かしさを覚えた。

「セレン。……そう。セレンにしましょう!あなたの名前はセレンよ」

 ライはセレンと名付けられた少女に負けず劣らず、眩しい笑顔で口を開いた。

 するとセレンはパーっと笑顔になり、ライへ抱き着いた。その笑顔はまるで厚い雲から太陽が顔を出した時の様でとても愛らしい。

 ライは彼女のライトブラウンの髪を優しく撫でながら、

「宜しく。セレン」

 と呟いた。セレンはライを見上げ「よろしく!ライ!」と雲を吹き飛ばす勢いで言った。

 ライはとうとう歓喜に溺れたのであった。

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