離れがたい。

少覚ハジメ

離れがたい。

 恋とは無自覚にするもので、あの子を好きになろうと決めて好きになる人間はいないが、好みだから話しかけてみたら好きになってしまったというのはあるだろう。一目惚れは、まったく無自覚だ。自分の感情の意味を理解しないという点で、一目惚れほどのものはない。いや、理解はする。好きだと、これ以上なく、鮮明に自覚はする。だが理由となると、まったく見当もつかない。でも人はそれに理由を探すことにかけては、地上のどんな生き物よりも執念深い。無自覚に恋をしたのだ、では格好がつかないし、相手の方も私のどこが好きなの?と益体もないことを知りたがる。故に、もっともらしい理由が必要になるのだが、外見では多分だめだ。加賀谷さんの低い身長も、それに見合う華奢なからだと、見合わない胸。アゴで揃えたきれいなブラウンの直毛に、いかにも好奇心旺盛といったよく動く大きな目。誉めるところには事欠かない。でも、女子は、内面を評価されたがっている。間違いない。僕は内面を知らなければいけない。


 そうはいっても恋に理由なんてあってたまるか!と僕が憤っているのは、まさに今、一目惚れをした相手と会話中だからで、何とか気を引けないものかと、ゴリラなら胸を打つし、目も鮮やかな鳥なら求愛ダンスをしなくてはいけないところだからだ。

 僕に求愛ダンスほどのことができたら、どんなにか良いだろう。実際には、いったい彼女の心の琴線はどこだ?ここか?と感度の悪い探りを思い切り入れているところだ。入れすぎるのも良くない。しかしつついてみなければ、それがあるのかどうかすら、わからない。彼女に恋していない人間にとっては、まったく無意味な行為、浪費ですらあり、嘲笑すらされかねない。嘲笑くらいは、彼女の関心が買えるなら甘んじて受け入れる覚悟だとしても。


 加賀谷さんとはうまく話せている。笑顔さえ誘っている。まったく当たり障りのない、本当にどうでもよく、何一つ確信に迫らないことについては。確信に迫らなくてはいけない。興味を持たれなくてはいけないと焦る。深い話をするのだ。僕の薄っぺらな興味の範疇で。今さら勉強しても始まらない。


「映画さ、何が好き?」

 たいして詳しくもないけれど、見ないことはない映画の話題を切り出す。

「ブレードランナー」

「ブっ…ブレェドランナァーねっ!いや、ブレードランナー?」

 僕はとっさに間抜けな声を上げ、訂正して、疑問系に直す。ブレードランナー。令和の高二女子。僕は観てる。問題ない。だか、もう一度いわせてもらうが、令和の16才、もしかしたら17才かも知れないけれど、ブレードランナーは無い。加賀谷さんが好きというかんだからアリなんだけど、ふつうは、無い。これでは平成のSFおじさんではないか。いや、もしかしてブレードランナー2049だろうか。これなら最近の作品だし、もしかしらこちらかもしれない。問題は原作から入ったので、小説にありもしない続編なんてと鼻で笑って、まったくスルーしてしまっていたことだ。どうしたらいい?2049だと後がない。無難な答えを探せと自らに指示を出す。

「ハリソン・フォード、好き?」

 これだ。

「いや、シド・ミードすごいよね。あのデザイン」

 おおよそ女子から出るはずのない名前に僕はもうどうしていいかわからない。せいぜい出てきて、あのおかしな屋台の日本語くらいだと思っていた。どうやって僕はシド・ミードから会話を繋げればいいのか、もうそれしか頭にはなかった。



 木原君は、おもしろい。

 いつも何か、一生懸命だ。それに気もきくし、たまに気がききすぎることもあるけど、嫌な気はしない。色白で、かわいい顔で、もう少し大人になったらとってもきれいな顔になりそう。背は普通よりあって、私は少し見上げてしまうけれど、どちらかといえばこの身長差は好きだ。安心する。守ってもらえそう。色白だけど。


 木原君については、飛鳥から忠告、みたいなものを受けた。彼、花菜が好きなんじゃない?いつも話しかけてくるし、何だか早口で妙だけど。まあ、でも悪い買い物じゃないかもね。かわいいし。

 そんなことを頭に浮かべながらシド・ミードの関わった映画をすごい勢いで上げていく彼を見る。やっぱり一生懸命だ。へーって感じだ。悪い意味じゃなくて、いっぱい知ってる。そんな木原君の真面目な様子が好きだ。かわいいし。熱量にあてられる。これはぜんぶ、私のためなのかな。私は飛鳥みたいに確信を持てない。でも、そうだったらいいなと思う。


 私はまだまだ続く、木原君のお話を聞いている。楽しい。ちょっとにやけそうになって、唇に力をいれる。これをにへりと言ったのは誰だったか。


 私はへーって聞いている。時おり質問をして、なるほど、なんて言ってみる。そんな時の木原君はとっても嬉しそうで、内心の小躍りがはっきり見える。


 もっと話を聞いていたい。もっともっと聞いていたい。そしたらきっと、離れがたくなる。離れがたくなればいいと思う。離れがたい男の子。そんなふうになれればいいのに。


 

 

 

 

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離れがたい。 少覚ハジメ @shokaku

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