第37話 2/28 俺の気持ち
俺は、カフェを出た後そのまま病院へと走って向かった。
バスを使った方が速かったかもしれない。
自転車を取りに帰った方が速かったかもしれない。
でも、そんな考えはどうでもいい。
俺は、自分の足で平野さんのところまで行きたかった。
病院に着くと、昨日と同じで平日ということもあって周りには同級生らしい人は見当たらない。
俺は、昨日の記憶を頼りに平野さんの病室へと向かった。
病室の名前札に平野桜の文字を見つけた。
俺は、ゆっくりと深呼吸をする。
今回は中から会話は聞こえてこない。
俺は、ゆっくりとドアノブに力を入れた。
すると、ドアは音を立てることなくゆっくりと開いた。
そこには、真っ白な部屋に1人、平野さんがベッドの上にぽつんと座ってドアとは反対にある窓の外を眺めていた。
その光景は、何だかすごく神秘的だった。
まるで、近づくと簡単に消えてしまいそうな光みたいで。
俺が、ゆっくりと近づくと平野さんは俺に気が付いた。
「あれ、成実くん」
「久しぶり。平野さん」
俺は、あくまで平静を装った。
「どうしたの?今日は学校じゃなかったっけ?」
「そうだけど、、」
平野さんはきょとんとした顔をした。
「ばっくれちゃった!」
俺は、大げさなくらい大きな動作で答えた。
「えっっ!?」
平野さんは凄く驚いたみたいだ。
まあ、普段からこんなことをするキャラじゃないから当然だけど。
「平野さんに会いたくなって」
「ありがとう」
平野さんは少しはにかみながら答えた。
俺は、必死に次の言葉を探した。
でも、見つからない。
ここまで勢いで来たから伝える言葉を何一つ考えていなかった。
それに気づいてか、平野さんの方から話をしてくれた。
「珍しいね。優気が一人で来てくれるなんて」
「まあね」
「でも、大丈夫。来週には退院できると思うから。そしたら春休みだし、またみんなでどこかに遊びに行こうよ」
「そうだね……」
俺は、全く元気のない声で答えてしまった。
それに平野さんも気が付いたようだ。
「ねえ、明日香から何か聞いた?」
「えっっっと……」
俺は、答えに困った。
でも、言わないと先には進まないだろう。
「うん」
俺は、小さな声で頷いた。
「そっか」
平野さんは、少し大げさなくらい背伸びをした。
「どこまで聞いたの?」
背伸びをゆっくりとほどきながら、俺を見て聞いた。
「病気のこと全部」
「そっか」
平野さんは、少しも慌てた様子は無かった。
「明日香め。約束を破ったなー」
平野さんは、冗談めかした感じで答えた。
「いや、実は偶然だったんだ。奥川さんは何も悪くない」
「そっかー。なら今度、明日香ちゃんに会った時にゆっくりと事情を聞かないとだね。まあ、その時まで私が生きていればだけど……」
平野さんの表情は凄く寂しそうだった。
「ねえ、、」
俺は、それを見てゆっくりと口を開いた。
「なに?」
平野さんは優しい目をしていた。
でも、その奥には覚悟を決めた冷徹な目もあるように思える。
「平野さんは怖くないの?」
「そんなことないよ。お医者さん、凄く良い人だし。大丈夫だと思う。それに、、」
平野さんの目が若干、下を向いた。
「私がいなくても大丈夫だよ。きっとみんななら上手くやっていける」
平野さんは決してこっちを向くことは無い。
でも、それは本心ではない。
それだけは、分かった。
その瞬間、俺は、どんなことを考えていたのかは分からない。
でも、反射で平野さんを抱きしめた。
「そんなこと言わないで!」
「優気……」
平野さんは、抱きしめ返すことはしないで、そのままで俺が抱きしめただけの体制で話を聞いた。
「俺は、平野さんがいないと生きていけない!」
「そんなことないよ」
「そんなことある!」
「それは、、」
「平野さんは、この世界でかけがえのない大切な人なんだ。だから、いなくなっても大丈夫なんて言わないで!」
平野さんから返事はない。
「ねえ、お願い」
俺がそう言うと、病室が沈黙に包まれた。
俺は、平野さんに一番伝えたいことを必死にまとめた。
そして、ありったけの気持ちをだして言葉を出した。
「生きて欲しい」
それ以上の言葉は思いつかなった。
好きだとかそんなこと以前に、平野さんとまだ話をしたいことがたくさんある。
遊びに行きたいところだってたくさんある。
俺一人じゃなくてみんなで。
もちろん、平野さんが望むなら2人でも。
「優気……」
平野さんは、完全に涙声になっていた。
そして、平野さんは俺をぎゅっと抱きしめ返した。
俺は、ゆっくりと平野さんの声を聴く準備する。
「私、生きたい」
「うん」
俺はゆっくりと頷いた。
「絶対に、、」
平野さんの呼吸が涙で乱れている。
俺は、優しく平野さんの背中を軽く叩いた。
平野さんは、小さく息を吸った。
「絶対に、生きてみせる」
その声には、今までには見たことが無い平野さんの強い覚悟が見えた。
「がんばれ」
だから、俺も負けないくらいに強く応援の言葉を言った。
「だから、一つお願いしてもいい?」
平野さんは力を振り絞るようにして、俺にすがるような声を出して聞いた。
それに対して、俺はいいよと言った。
「もし、手術が成功したら、聞いて欲しい話がある」
「分かった。楽しみにしてる」
俺はそう一言だけ告げると、ゆっくりと平野さんを離した。
「ありがとう」
平野さんのこの言葉に対して、俺も同じようにありがとうと返した。
平野さんは涙を浮かべながら、今までに見たことがないくらいにきれいな笑顔をしていた。
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