3月

第38話 3/1 過ぎ行く日々を追いかけて 

2023年3月1日


「おはよう、みんな‼」


 島田さんは、胸元に真っ赤なカーネーションを付けていつもと変わらない元気な挨拶をした。

 時間的に、まだ朝の会が始まるまでには15分もある。


「今日は早いね」

「せっかくの卒業式だからね‼早く来ないと損だよ‼」

「そうだな」


 島田さんの意見に鉄平も頷いた。

 いつもと変わらない2人に俺は少し笑顔になった。

 正直、俺にとって卒業式なんてものはどうでもいい。

 今すぐにでも病院に行きたい。

 でも、平野さんは凄く真面目な人だからそんなことは望んでいないだろう。

 俺は、2人の話にできるだけいつもと変わらない笑顔で答えた。

 そんなことを考えていると、肩をポンと叩かれた。


「うぉっ」


 俺は、思いっきり驚いて体をピックとさせながら後ろを振り向いた。


「やあ」


 そこにいたのは奥川さんだった。


「おはよ」


 奥川さんは、見た感じいつも通りだった。


「おはよう」


 俺もそれに合わせるように返事をした。


「おはよ‼明日香ちゃん‼」

「凛もおはよ。それと、卒業おめでとう」

「そうだった‼明日香ちゃんに優気、卒業おめでとう‼」


 奥川さんの笑顔は凄く自然だった。

 内心では不安でいっぱいだろうに。


「おい、俺を忘れてるぞ」

「え?」

「おい!」

「鉄平って卒業できたの?」

「お前には言われたくねえ!」

「またまたぁ」

「期末のテスト何点だった?」

「290」

「3教科だよな」


 鉄平は鼻で笑いながら言った。


「残念、8教科でした‼」


 ある意味で鉄平の予想を裏切る島田さんの回答だった。


「せめて、5教科であってくれ」

「まあまあ、合格したからおっけーってことで‼」


 島田さんは、鉄平の肩をポンポンと叩いた。


「そうだね」


 俺は、何だか日常に戻った気がして少しばかり心から笑うことができた。

 そして、それと同時に先生が教室に入ってきた。


 

 最後のホームルームの始まりだ。







 卒業式は恙なく終わった。


「ねえ、みんなで写真撮ろうよ‼」


 島田さんの提案で、俺たちは島田さんのお母さんに集合写真を撮ってもらうことにした。


「いくよー」


 その掛け声と共に、島田さんのお母さんはシャッターを切った。

 その後は、他のメンバーとは大体話をしたり、写真を取ったりした。


「そろそろ、帰る?」


 奥川さんがみんなに提案をした。


「そうだね」


 流石に、奥川さんも早く病院に行きたいのだろう。

 俺は、奥川さんの気持ちを察してそうだねと返した。


「よし、そろそろ帰るか」

「おっけー」


 鉄平も賛同したことで、俺たちは帰ることにした。

 そして、今日のじゃんけんの結果、最初に奥川さんの家に向かうことになった。

 

 









 俺たちは、いつも通りの道を歩いていつも通り奥川さんの家に着いた。


「それじゃあ、ここで!」

「だね」


 島田さんは少し寂しそうに返事をした。


「みんなありがとうね。また、春休みにいっぱい遊ぼ」

「そうだね‼」

「だな」

「うん」


 俺たちは、それぞれに挨拶をして奥川さんと別れた。








「それじゃあ、次に向かう家のじゃんけんをしよう‼」


 島田さんは自身満々に右腕を出した。

 できることならすぐにでも帰りたい。

 でも、じゃんけんばかりは運だ。

 どうしようと考えていると、鉄平から耳打ちをされた。


「パーを出せ。お前に勝たせてやる」

「えっっっ?」


 俺は、思わず鉄平の方を見て反応した。

 けれど、鉄平は何事も無かったような顔をしている。

 ちょっっ、何を?


「じゃんけんポン」


 俺が考える間もなく、島田さんはじゃんけんを始めた。

 俺は、鉄平に言われるがままパーを出した。

 そしたら、2人ともグー。


「あちゃー。負けちゃったか。それじゃあ、次は優気の家だね」


 そう言うと、島田さんは先陣を切って俺たちの前を歩きだした。


「どういうこと?」


 今まで鉄平がわざと俺に勝たせてくれたことなんてない。

 何かあるのかと思って島田さんにばれないように鉄平に耳打ちしたけれど、返事が返ってくることは無かった。











 俺たちは、15分くらい歩くと家の前まで着いた。


「2人ともありがとう。おかげで中学校生活が凄く楽しかった。春休みもみんなでたくさん遊ぼう」

「こちらこそ、ありがとうね‼優気のおかげで私も凄く楽しかったよ‼」

「そうだな。俺も、まあ悪くない3年間だった」

「ありがとう」


 俺は、心から気持ちを込めてお礼を言った。


「じゃあ、また春休みに‼」


 そして、2人は島田さんのその一言と共に、後ろを向いて歩き始めた。



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