第35話 2/27 隠し続けていたこと

2023年2月27日

 俺たちはいつものように学校に来ていた。

 でも、平野さんの姿はない。

 しばらく入院が必要だからだ。


「みんな、帰ろー」


 いつも元気な島田さんも昨日のことがあってか少し元気が足りない気がする。

 まあ、無理もないけど。


「そうだな」


 俺たちは荷物をまとめていた。

 このまま家に帰っても特にすることは無い。


 そうだ!


「せっかくだし、みんなで平野さんのお見舞いに行かない?」


 俺は、勢いがついていつもより少し大きめの声でみんなに提案した。


「いいね‼」


 島田さんは乗ってくれた。


「でも、大人数で押しかけたら迷惑だよ」


 けれども、奥川さんにあっさりと否定されてしまった。


「確かに……」


 でも、その通りだ。


「それじゃあ、帰るか」


 最後まで片付けをしていた鉄平がバッグを持つと、俺たちは教室を出た。

 この教室を使うのもあと2回か……。

 








 俺は、自分で鍵を開けて家の中へと入った。

 俺はバッグを玄関の横に置くと、そのままリビングへと向かった。

 何か食べ物でもあるかな。

 俺は、冷蔵庫を少し強めに開けた。

 中に入っているのは桃缶が2つとりんごが1つ。


「俺は、病人か!」


 あまりにも冷蔵庫の中に何もないので、思わず誰もいない部屋で叫んでしまった。

 諦めて、部屋にでも籠ろう。

 特にすることは無いけど。

 俺がそうやって2階への階段を上がろうとした時に、ふと頭の中でひらめいた。



 食べ物を差し入れるという理由なら平野さんのところに行っても大丈夫なのではないだろうか。



 いや、流石にまずいだろうか。

 でも、これは俺一人で行くことになる。

 つまり、大人数ということにはならない。

 俺の中で、一気にやる気が出てきた。

 ここで平野さんと2人で話せば距離を近づけることができるかもしれない。

 俺は、桃缶とりんごをバッグに入れるとそのまま家を出た。







 俺は、本当にあの思い付きのまま病院の前まで来てしまった。

 正直、いざ病院の前まで来ると何だか緊張してきた。

 決して悪いことをしているわけではない。

 だから、大丈夫。

 俺は、こうやって自分の心に言い聞かせながら病院の中へと入って行った。




 しばらく病院をあちこちうろついていると、病室に平野桜と書かれたプレートを見つけた。

 ここだ!

 俺は、入ろうかと思ってドアノブを握ると、中から会話が聞こえてきた。

 声の主は奥川さんみたいだ。

 ここからだとぎりぎり話している内容が聞こえる。

 このまま入っても良いのだろうか。

 いや、いきなり押しかけたのだから、話が終わったタイミングで入ろう。

 俺は、ドアのすぐ横の壁にもたれ掛かる。

 ドア越しに平野さんと奥川さんの声が聞こえてきた。







 

「本当に大丈夫?」

「まあね」

「手術は来週だよね?」

「いや、それが明後日に早まったんだ」

「えっっ?」


 奥川さんの声はひどく驚いているようだった。

 手術のことを知っていた?


「成功確率は?」

「前よりも少し下がったって」

「そんな!」

「大丈夫。私なら何とかなるよ」

「それはそうだけど、失敗したら、、」

「その時は、その時だよ」

「そんな……」

「もう、そんなに暗い顔しないで!」

「ごめん、、」

「気にしないで!私なら大丈夫!」

「そうだよね」

「うん」

「がんばって」

「ありがとう。明日香にはたくさん心配かけちゃったね」

「いいよ。友達だから」

「ありがとう」

「それじゃあ、そろそろ用事があるから行くね」

「うん」


 カバンを持つ音が聞こえた。


「ねえ、帰る前に一つ聞いていい?」

「なに?」

「どうして、みんなに会わないの?病気のことを隠しても今日か明日にでも会いに来てくれるでしょ」


 沈黙が流れる。


「そうかもね。でも、みんなには余計な心配はかけたくないんだ。だから、今まで通りみんなには手術が終わるまでは何も言わないで」


 さっきよりも長い沈黙があった。

 それを終わらせたのは奥川さんの一言だった。


「分かった」


 奥川さんがコツコツと足音を立ててこちらに向かってきて、病室のドアを開けたところで目があった。


 目が合った?


 やばい!

 隠れないと!

 話を聞くのに夢中になってすっかり隠れることを忘れていた。

 けれども、話の内容が衝撃的過ぎて体が思う様にいかない。


 

 正面にはに奥川さんはいる。

 時すでに遅しだった。

 そして、俺をはっきりと見た。



「嘘、でしょ……」



 奥川さんの表情は恐怖や怒りとは違った。

 言い表すとすれば、絶望だろうか。

 

 その瞬間に俺は気付いた。






 今まで奥川さんが隠し続けていたのはこのことなのかと。





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