第33話 2/25 水族館と奥川さんの言葉
2023年2月25日
朝
俺は、慣れない鏡の前に立っていた。
何度も頭を動かしたりしては髪を直している。
「優気―。そろそろ行かないといけない時間じゃないの?」
下から母さんの声が聞こえた。
「分かってるー」
俺は、そう言いながら髪のセットに区切りをつけると1階へと向かった。
荷物は既に玄関に置いてある。
「それじゃあ、行って来るね」
「夜までには帰ってくるのよ」
母さんはそれだけ言ってリビングへと戻って行った。
俺は分かったと言って、勢い良く玄関の扉を開けた。
「おっ、優気も来たね‼」
そこには、島田さんと奥川さんがいた。
島田さんに関しては、学校にはいつも遅刻寸前で来るのに遊びの時は結構時間に余裕を持ってくる。
そして、今日の島田さんは何だかにやけているようだった。
まあ、理由には察しがつくけど。
「待たせたな」
そんなことを考えていると、鉄平がやってきた。
約束の時間5分前。
意外とこういうところはきっちりとしている。
「あとは桜ちゃんだけだね!」
島田さんがみんなを見渡しながら言った。
「あっ、今日は桜ちゃん来れないみたいだよ」
「「えっ?」」
奥川さんの発言に対して俺と島田さんはそろって不意を突かれた鳥みたいな顔をした。
「桜ちゃん、来れないの?」
「うん」
「えー」
島田さんは残念そうな声を出した。
一方、俺に関しては声すら出ない。
せっかく朝から準備してきたのに。
「そっかー」
島田さんの落ち込みは結構な感じだった。
まあ、気持ちもすごく分かる。
せっかく、受験が終わったのだから精一杯遊びたい気持ちはある。
俺も遊びたい。
でも、体調不良なら仕方ないな。
「まあ、平野野体調不良は仕方がないだろ。それより、バスがそろそろ来るぞ」
鉄平は特に変わった様子は無い。
俺たちは、少し残念な気持ちを抱えながら水族館へと向かった。
水族館には30分くらいで着いた。
ちなみに、場所は海の心水族館。
先々週、奥川さんと2人で行ったところだ。
俺は、若干の気まずさを感じながらチケットを持って水族館へと入った。
そして、俺たちは1階から順番に回ることにした。
「ねえ、あそこにいるのサメじゃない⁉」
「そうだね」
「すっごく、大きいよ‼」
俺たちは、水族館に入るとさっきまでの少し暗い雰囲気は消えていた。
昼
「そろそろ、お昼食べない?」
「いいよ‼」
「何にする?」
「私、ハンバーガーがいい‼」
「2人はどう?」
「俺は、なんでも」
「俺もハンバーガーでいいよ」
「よし、なら決定だね」
そう言うと、俺たちは3階にあるフードコートへと向かった。
俺たちは、それぞれにハンバーガーを頼んで食べていた。
「ねえ、ここのハンバーガーって美味しいよね」
奥川さんは照り焼きバーガーを食べながら言った。
「確かに‼」
奥川さんの考えに島田さんが同意した。
「私のフィッシュバーガーすごくおいしいし‼」
「そうだな」
島田さんと同じフィッシュバーガーを頼んでいた鉄平も同意した。
ちなみに、俺は前回フィッシュバーガーを頼んだので今日は照り焼きバーガーにしている。
「水槽の魚が使われているのかな?」
「そんなわけないだろ」
鉄平が切れのあるツッコミを入れた。
何だか、見ていると微笑ましい2人のやり取りだった。
俺は、思わず笑ってしまった。
そして、横を見ると奥川さんは大げさなくらいに笑っていた。
「ちょっと、明日香ちゃん笑いすぎ‼」
「ごめん、ごめん、」
「ほんとに悪いと思ってるー?」
「ほんとだよ!」
奥川さんはまだ少し笑いをこらえているようだった。
「そんなに、面白いことだったか?」
鉄平は不思議そうに奥川さんを見ていた。
「だって、2人ともお似合いだなって思って!」
そう言うと、鉄平が珍しくぐふぁっという声を共に飲み物を噴き出した。
「ちょっと何言ってるの明日香ちゃん‼」
「ごめん、ごめん、」
「もう。鉄平も何か言ってやってよ‼」
島田さんは、鉄平に視線を向けた。
けれども、鉄平の方はげほげほと咳をしていて対応できそうにない。
「鉄平も動揺しすぎだって‼」
島田さんは、鉄平の背中をさすりながら答えた。
鉄平は大きく息を吸う動作を数回繰り返すと、何とか正常の状態まで回復したようだ。
「まあ、冗談だから気にしないでね!」
「分かってるって‼」
島田さんは無邪気な笑顔で返事をした。
時間を見ると、そろそろ13時半くらいだ。
「そろそろ、残りの水槽も見る?」
「そうだね」
俺たちはテーブルのごみを片付けて残りの水槽を見に行くことにした。
時計を見ると、時刻は16時を少し回っていた。
「ねえ、見て‼夕日がすごくきれい‼」
「そうだな」
俺たちは、水槽を全て見て回ったあとでせっかくだから屋上に行こうということになった。
そこで、4人で1階から4階へと階段を上がって夕日が見られる屋上に来ている。
「ねえ、周りが見渡せるあそこに行ってみようよ‼」
そう言うと、島田さんが前へと進んだ。
俺もそれについて行こうとすると、腕をぱしっと掴まれた。
「えっ?」
俺は急に腕をつかまれたので、驚いた声を上げながら慌てて後ろを振り向いた。
そして、そこには奥川さんがいた。
「どうしたの?早くあっちに行ってみようよ‼きっとここよりも眺めが良いよ‼」
「すぐ行くから先に鉄平と行ってて」
奥川さんがそう言うと、分かったと言って鉄平を引き連れて向こうへと行った。
「ちょっと、奥のベンチに行こうよ」
奥川さんの声は、さっきまでの声とは違って元気さは一切伝わってこない。
あるのは、そこはかとない暗い表情と声だった。
奥川さんは、ベンチにゆっくりと腰を掛けた。
正直、この構図には身に覚えしかない。
2週間前に俺が告白されて、平野さんが俺のことを嫌っていると言った時と全く同じだ。
時間と場所も含めて何もかも。
唯一言うなら、近くに島田さんと鉄平がいることくらいだろうか。
でも、そんなのは俺たち2人のいつもとは比べ物にならないくらい暗い空間ではあってないような差に等しい。
「どうしたの?」
俺は、率直に1番気になることから聞いた。
「どうしたと思う?」
奥川さんは、何だか俺を試すかのような感じで聞いてきた。
「分からない。用があるなら早く言って」
俺は、少し急かすように言った。
正直、ここで俺が心当たりあることのどれを言っても正解とは奥川さんが言わないことは分かっていたから。
「分かった」
奥川さんは観念したかのような素振りをした。
「ねえ、桜ちゃんに告白するつもりでしょ」
俺は、動揺した。
正直、顔にも出ていただろう。
でも、若干は想定内。
平野さんのことについて言ってくることは分かっていた。
でも、告白まで読まれていたのは少し意外だ。
まあ、卒業までの日数を考えたら告白してもおかしくはないと思うかもしれない。
俺は、動揺した格好を立て直すかのように少し大きめに息を吸った。
「どうだろうね」
そして俺は、少しはぐらかすように答えた。
「それくらい分かるよ」
流石に、お見通しらしい。
奥川さんの声は落ち着いていた、優しい感じだった。
でも、目は一切笑っていない。
乾ききっていた。
「もしかして、俺に告白しないでって言うつもり?」
俺は、見透かされてばっかりなのは癪なので奥川さんの考えを読むかようにしていった。
けれども、奥川さんの表情には焦りが一切ない。
むしろ、さらに優しい表情をしているように見えた。
もうここまできたら、優しい顔というよりは慈悲の心か顔に現れているという方が合っているかもしれない。
「そんなことは言わないよ。ただ、」
「ただ?」
俺は、奥川さんの言葉の語尾を復唱した。
それに対して、奥川さんの方は少し顔に緊張が走ったように見えた。
さっきの優しい顔はどこかに消えていた。
今度は、冷徹な表情をしているみたい。
決して、怒っているようには見えない。
そして、ゆっくりと立ち合がった。
俺のほうに今までに経験したことが無いような緊張が走る。
周りの時間がまるで止まったかのように奥川さんの動き以外の情報が入ってこない。
そのまま、ゆっくりと俺の耳元近くまで来た。
そして、今までに聞いたことが無いような冷徹な声で俺に一言だけ告げた。
「告白するなら覚悟を決めてね」
寒空の下、どくんどくんと鼓動がなっているのが分かる。
奥川さんにはいったい何が見ているのだろう。
俺には、奥川さんが言う覚悟の意味が分からない。
それでも、何も気にせずに流せるようなことではないということは分かる。
俺は、しばらくの間その場を動くことができなかった。
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