第22話 2/14 ロシアンルーレット式バレンタインチョコレート
2023年 2月14日 火曜日 第3週目
放課後
「疲れたー‼」
「やっと、終わったね」
俺たちは6時間目が終わって、いつものように俺の机の回りに集まっていた。
「山下め。俺の睡眠を邪魔しやがって」
「それは、鉄平が寝てるからでしょ!」
「細かいことは気にするって」
「そのせいで15分も授業時間伸びたじゃん!」
「まあ、俺にとっては睡眠時間が15分伸びただけだがな」
「ねえ、明日香ちゃん。ちょっとこいつ山に埋めてきていいかな」
「私も混ぜて」
「よっしゃ!やるか‼」
「やるなよ‼」
「まあ、半分は冗談として」
「半分本気だったんだね」
平野さんが少し焦った表情でつっこみを入れていた。
「それより、バレンタインの時間だよ‼」
島田さんが笑顔で手をパンと叩いた。
「今年は受験があるから、3人で1個のチョコレートにしたんだ‼」
そして、俺の体がぴくんと揺れる。
チョコレート。
この雰囲気なら俺も貰えるだろう。
でも、3人で1つなら平野さんの本心は分からない。
結局、今日一平野さんと話をすることができなかった。
もし、時間があれば昨日、鉄平が言っていたように平野さんに俺が何かしたのか聞こうと思っていたのに。
「今年はちょっと変わったものにしたよ」
そう言うと、島田さんは4個のチョコレートが入った箱を出した。
四角形のチョコレートはどれも一口で食べられるくらいで特に変わったものであるようには見えない。
「小分けにされていないこと以外はいつも通りじゃないのか?」
「なんと、今回ロシアンルーレット式バレンタインチョコレートだよ‼」
「まさか、一つに外れが入っているのか?」
「そういうこと‼」
一瞬にして俺と鉄平の表情が曇った。
人生において二度と聞くことは無いであろう、ロシアンルーレット式バレンタインチョコレート。
まあ、みんなで作ったみたいだし、致死量のものが入っていることは無いはず。(多分)
「鉄平はしっかり、遺書の準備をしておいた方が良いよ‼」
「何で俺が外れを引く前提なんだよ」
「だって、鉄平の分は右端やつって決まっているから」
「ただの公開処刑じゃねえか‼」
まさかのロシアンルーレットのルーレット無しバージョン。
しかも、丁寧に箱の上に名前が書かれている。
ミスしないように対策までされているのか……。
「俺は、絶対に外れは食べないぞ‼」
そう言うと、鉄平用と書かれたチョコレートの一つ右隣の優気用と書かれたものを拾い上げて食べた。
「今年もいちごか。まあ、悪くない味だと思っっっ……ぐはっっっ……」
鉄平が突如床に倒れた。
「やったー‼」
「何しやがっ……た……」
「こうなることまで想定済みだったんだよ‼」
「どういうことだ……」
「鉄平は絶対に危険を感じて鉄平用のやつを食べないから、その上で一番安全な優気用を食べようとすると思って、優気用って書かれたやつを外れにしたんだよ‼」
「お前……」
おお。
初めて島田さんが鉄平の考えの上をいったかもしれない。
「まあ、何か仕込もうって言ったのが明日香で、具体的な作戦を考えたのは桜なんだけどね」
「鬼か‼」
思わず俺が突っ込んだ。
「私はチョコレート作りと箱に入れる係を担当したよ‼」
チョコレートはみんなで作ったはずだから、1人でしたのは箱に入れるだけでは?
というか、よくよく考えたら俺もなかなか危なかった気がする。
だって、もし鉄平が鉄平用を食べたら被害者は俺になっていたのでは?
まあ、結果的に大丈夫だったしいいか。 (いいのか?)
俺は、鉄平用と書かれたチョコレートを取って食べた。
チョコレートを食べるといちごの味がほのかにして甘味に包まれる。
ああ、昨年のよりも美味しくなって……。
ぐはっっっ……。
「「「えっ???」」」
俺の意識はぷつりと切れた。
夜
目が覚めるとそこは知らない天井だった。
ここは、学校じゃないのか。
体には布団がかけられていた。
「大丈夫?」
最初に声をかけてくれたのは平野さんだった。
「優気、起きた?」
次に島田さんが顔をちょこんと見せた。
「ここは……?」
「桜ちゃんの部屋だよ」
「平野さんの部屋!?」
俺は、思いっきり声を出してしまった。
「倒れた後で鉄平が担いでくれたんだ」
「そうなんだ……」
「鉄平は?」
「鉄平の方はしばらくしたら大丈夫だったみたい」
「そっか」
俺は、奥川さんと話をしながら体を起こそうとした。
でも、体に力が入らなくてそのままベッドに倒れてしまった。
まだ、頭がくらくらする。
「無理しないで」
平野さんはそう言うと、布団をかけ直してくれた。
「ごめんね。優気」
島田さんは今にも泣きそうな目でこちらを見ていた。
「実は、優気が食べたやつは試作で作ったウイスキー入りのチョコレートだったの。本当は、遊びで作っただけで誰にも食べさせる予定は無かったけど、私が箱に入れ間違えたみたい……」
そう言い終えると、島田さんは今までにないくらい落ち込んだ様子だった。
「大丈夫だよ。ちょっと味にびっくりしただけだから」
俺は、寝たままの状態で答えた。
「優気―‼」
そう言うと、島田さんは俺に思いっきりかぶさってきた。
「優気ごめん。ごめん。ごめんね……」
島田さんは必至にこらえた涙を布団に押し付けたままだった。
「それじゃあ、私達は先に帰るね」
俺が起きてしばらくすると、時間も結構立っていたこともあって島田さんと奥川さんは先に帰ることになった。
本当なら、俺もすぐに帰った方がいいのだろうけど、もう少し安静にしていてと島田さんと平野さんに念を押されたので、もう少しここにいることにする。
「そう言えば、お父さんとお母さんは?」
「2人とも仕事。あと2時間くらいはかかるかな」
「そうなんだ」
やばい、話のネタが尽きた。
いや、待てよ。
今こそ、俺のことについて聞く絶好の機会じゃないのか!
でも、せっかく看病してもらっているのに聞きにくいな……。
「成実君の方はお母さん心配してるんじゃない?」
「それは、大丈夫。きっとこの時間ならまだ大丈夫だと思う」
「そっか……」
平野さんはそう言いながら、椅子に座った。
「ねえ、成実君は今年バレンタインのチョコレートいくつ貰った?」
薄暗くなった外の方を見て、俺の正面を見ることなく平野さんは聞いてきた。
「えっと……」
俺は、いきなり聞かれたことに戸惑ってしまい、一瞬躊躇した。
「1個……」
俺は、自信なさげな声で答えた。
まあ、ここで下手に嘘をつくわけにはいかないし。
「その一個って、私達の分のこと?」
「そうだよ」
俺は、恥ずかしくなって平野さんとは反対の壁の方を見ながら答えた。
「そっか……」
その後は、しばらく沈黙の時間が続いた。
この時間で少し平野さんの方を見たけれど、ずっと窓の外を見つめたままだ。
話題を探そうにも今のこの空間にピッタリのものが見つからない。
それに、あと少ししたら俺も帰ることになるだろう。
勇気を出そう。
「ねえ、平野さん」
「なに?」
平野さんは窓の外を見ることをやめて、落ち着いた表情で俺を見た。
勝手な思い込みだろうけど、何でも聞いて良いよと言ってくれているようにすら感じられる。
俺は、回りくどいことはせずに正直に聞くことにしよう。
「ねえ、平野さん。俺、最近何か平野さんに悪いことしたかな?」
俺は、精一杯の勇気を出して聞いた。
俯きたい顔を何とか体全体で引っ張って平野さんの正面を向いて。
でも、どんな反応をされるのかは全く分からない。
けれども、この言い方をすれば絶対に勘違いとか起きないだろう。
例え、どんなことを言われようとも真摯に受け止めよう。
俺は、平野さんの目を見たまま、返事を待った。
でも、平野さんは困惑しているようだった。
俺の伝え方に問題があったのか……?
「えっと……」
平野さんは、何とか口を開いた。
「言っている意味がさっぱりわからないんだけど……?」
「えっ……」
「何かあったの?」
平野さんは不思議そうにこちらを見つけていた。
「実は、俺が平野さんに嫌われているって言われたんだ……」
俺は、俯いたまま顔を上げることができない。
顔を上げた時に見える平野さんの表情が怖いから。
「誰に?」
平野さんの声がいつもよりか少し低い。
きっと、怒っているのかもしれない。
「それは言えない」
でも、こればかりは言えない。
だって、奥川さんの今後の人間関係に問題が出る可能性があるから。
平野さんの部屋の中に沈黙の時が流れる。
「そっか……」
平野さんは小さくため息を交えて答えた。
そして、平野さんが小さく息をしたのを感じられた。
「大丈夫だよ。私は、成実君のことは嫌いじゃない」
「ほんと!?」
「うん」
平野さんは優しく頷いてくれた。
「よかったー‼」
俺は、平野さんの部屋だということも忘れて大きめの声で喜んだ。
それに対して、平野さんは優しく微笑んでくれた。
それじゃあ、また学校で。
そう言うと、俺は平野さんの家を出た。
とりあえず、平野さんが俺のことを嫌いじゃなくて良かった。
これで何とか首の皮一枚つながったと言えるだろう。
でも、なぜ奥川さんは俺が平野さんに嫌われているなんて言ったのだろう。
それに、平野さんの返事までの間が気になる。
本当に何もないなら、俺が聞いた時から返事までにあんなに間があるものだろうか。
何だか釈然としない部分もあるけど、今日は平野さんの言葉を信じることにしよう。
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