第9話 2/4 デートの練習4 <君の気持ちを知ること>


 俺たちは店を出ると、最後にこの町で一番高い丘の上にある公園に行った。

 ただ、一番高い丘と言っても歩いて15分くらいだから特別に大きいというわけではないけど。

 その代わりに周りには公園以外は何もないため、意外と穴場の良い場所だったりする。

 俺たちは町を一望できるベンチに腰を掛けた。


「平野さん。今日はありがとう」


 俺は、平野さんにしっかりと今日のお礼を言った。


「こちらこそ。私も楽しかったよ」


 夕日に染まった平野さんの表情は凄く魅力的で可愛かった。

 平野さんの澄んだ瞳には人間性そのものが現れているようだ。


「ちょっと待ってて」


 俺は、平野さんに思わず見とれてしまっていると平野さんはベンチを立ち上がって公園の奥の方へと行ってしまった。

 俺はベンチから立ち上がって2歩ほど進んで、柵に身を乗り出す形で町を見渡した。

 こうやって町全体を見ると、俺の学校生活全般のことがどうでもいいようなことに感じられる。

 俺の悩みなんて少し離れてみると誰も気にしないようなことなのだと思わせられる。

 それは嬉しいようで少し悲しいようにも感じられた。

 いつか大人になった時、どうでもいいことの一つとして記憶からゆっくりと消えていくのだろうか。

 俺は感傷的な気分に浸っていると急に自分の頬っぺたを冷たい感触が襲った。


「わっっっ!?」


 俺は情けない声を出しながら後ろを振り向くと、そこには2つのみかんジュースを持った平野さんがはにかんだ笑顔で立っていた。


「びっくりしすぎだよ」


 平野さんはそう言うと、持っていたみかんジュースを1つ俺に分けてくれた。


「ありがとう」


 俺はそう言うと、ベンチに座った。

 座ってみると、後ろに夕日のある平野さんはいつにもましてかわいいなと思った。


「どういたしまして」


 そう言うと、平野さんはベンチに座ることなくみかんジュースを開けるてくいっ一口飲むと俺の正面で話し始めた。


「今日の練習は参考になりそう?」

「そうだね。すごく参考になったと思う」

「それならよかった」


 平野さんは落ち着いた表情だった。

 ただ、平野さんはジュースをくれたあたりから元気がないようにも感じられた。


「私、図書館で明日香ちゃんに言われたことがあるんだ」

「何?」


 そういえば、平野さんと奥川さんの2人が図書館で話した内容を俺は聞きそびれていた。


「成実を振り回すのは辞めてほしいって」


 俺を振り回す?


「どういうこと?」


 俺はどういうことか全くわからなかった。

 そして、平野さんは少し考え込むような素振りを見せてから話を続けた。


「ねえ、成実くんは振られたことある?」


 俺は、何も返すことができなかった。

 もちろん、事実として知ってはいるけど本人から言われるとは思ってなった。


「私、この前好きな人に振られちゃったんだ…」

「え…」

「こんな状態でデートの練習をしたのはさすがに迷惑だったかな」

「そんなことないよ」


 俺はすぐに否定をした。

 だって、全てを知っていたから。


「ありがとう…」


 平野さんは目を下に向けて少し寂しいような表情をして話を続けた。


「今日一日、私と一緒にデートの練習をした成実くんに1つ聞きたいことがあるんだけどいい?」


 平野さんは少し悲しそうな表情のままで何か試すような口ぶりで俺に言ってきた。

 俺はいいよと言って頷いた。

 すると、平野さんは小さく一息ついて話を始めた。


「私のどこがよくなかったのかな…。ねぇ、成実くん。私のどこがダメだったと思う?」

「それは…」

「性格かな。顔かな、言葉遣いかな。それとも、全部かな…」


 平野さんの顔からだんだん笑顔が薄れていった。


「そんなことないよ」


 俺は少しでも平野さんの気持ちが落ち着けばいいと思って言ったが、平野さんの表情は変わることはなかった。

 それどころかだんだんと泣きそうな目になっているようにも感じられた。


「私は、精一杯の努力をしたつもりだった。でも、それでもダメだった…。ねえ、教えて成実くん。私のどこがダメなの?」


 平野さんは今まで見たどの姿よりも弱々しく見える。


「私のダメだったところを教えてよぉ…」


 地面に一滴の水が落ちた。








 もう、限界だ。








 俺は、ベンチを立ち上がって涙でくしゃくしゃになった平野さんを全力で抱きしめた。

 ほのかに感じられる柔軟剤の香りは夕日が差し込むこの丘にとても似合っていた。


「大丈夫だからっ!」


 俺は少し強めの口調で平野さんの心に言い聞かせるように言った。

 平野さんの体は直後に少し強張ったようにも見えたがだんだんと力が抜けて俺に体重を預けるような感じになっていた。


「でもっ!」

「いいから聞いて!平野さんはすごく頑張ってる。誰にも負けないくらいすごくかわいい。だからっ」


 俺は今日一番の声を出して思っていることを伝える。


「だから、泣かないで!俺は、平野さんの笑っている表情が大好きだから‼」


 平野さんはそのまま体を預けたまま泣き続けた。


「なんでっ、なんでそんなに成実くんは優しいの⁉私のダメな所きっと何個もあったでしょ!言ってよ全部!普段の限られた学校の時間だけじゃ見えないところもいっぱいあったでしょ‼」


 平野さんは、必死というより怯えているようだった。

 自分の気が付いていない自分との葛藤があるのだろう。


「そんなことないよ。俺は、友達として平野さんのことが大好きだから‼」


 今度はできるだけ優しく平野さんの心に響くように言った。

 平野さんは俺の言葉を聞き終えると少し俺の体にかかる力が少し小さくなった。

 そして、平野さんはかすれそうな声で俺に顔を預けた形で最後に一言いった。





「ありがとう…」







 この一言にどれだけの意味が含まれているのかについては考えるまでもなかった。



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