第8話 2/4 デートの練習3 <親に好きな人を紹介すること>

 平野さんに案内されたのは少し落ち着いた感じの喫茶店だった。

 店内ではBGMのようなものは特に流れていなかったが、明らかに他の喫茶店よりも居心地がいいように感じられた。土曜の喫茶店にしては人が少ないからだろうか。

 俺たちは店の中で窓がすぐ近くにある席に座って平野さんは1つしかないメニュー表を先に渡してくれた。


「平野さんは何を頼むか決めているの?」

「うんん。いつもは同じメニューを頼んでいるんだけど、たまには違うものにしようかなと思って」

「ありがとう」


 平野さんは何のことか分からずきょとんとした顔でこっちを見て来た。


「何のこと?」

「なんでもないよ」


 こういう何気ない優しさを持っているとことが俺の平野さんのことが好きな理由の1つだったりする。

 一方で、平野さんは不思議そうにこちらを見ているけれど、テーブルに置かれた水を一口飲むとそれ以上聞いてくることはなかった。

 俺はもらったメニュー表に目を通した。

 ただ、ここの喫茶店のメニューは少し多く、どれがいいのかなかなか1つに絞ることができなかったのでこの喫茶店の経験者に聞くことにした。


「平野さんはいつも何を頼んでいるの?」

「私は、モンブランとオレンジジュースかな」


 なるほど。参考にできない。


 昼ご飯の時には何を食べるのか聞いたつもりだったんだけど。

 女子って昼ごはんにスイーツを食べるんだろうか。


「一応、昼ごはんにおすすめのメニューを聞いたつもりだったんだけど」

「私もそのつもりで言ったよ」


 平野さんの目は夏の沖縄で見ることができるような青い海のように澄んだ目をしていた。


 女子って怖い。


 結局俺は、メニュー表の中で本日のおすすめと書いてあるレタスと卵が入ったいたって普通の見た目をしたサンドイッチとコーヒーのセットにすることにした。

 そして、平野さんにメニュー表を渡すと一通り目で追って1分ほどでメニュー表を閉じた。


「何にするか決めたよ」

「何にするの?」

「ハムとチーズのサンドイッチセットで飲み物はオレンジジュースにするよ」



 スイーツどこ行った⁉








 俺たちは店員さんに注文をすると、しばらく待ち時間ができた。


「ここは何回くらい来たことがあるの?」


 喫茶店とはいえ何もすることが無く対面での沈黙は俺にとってとても耐えがたいものだったので当たり障りのない話をすることにした。


「あんまり覚えていないけど、月に1回くらいかな」

「あんまり、多くはないんだね」

「うん」

「誰とよく行くの?」

「明日香ちゃんかな」

「ああ…」


 沈黙。


 さっきの図書館での一件があったから奥川さんの話題には触れにくい。

 話題を変えよう。


「この喫茶店いいところだね。どうやって見つけたの?」

「1年生の秋くらいに明日香ちゃんから教えてもらった…」


 沈黙(10秒ぶり本日2度目)


 そろそろ、沈黙にも限界が来る。内心ではさっきの2人だけの話合いがどうなったか聞きたいが、さすがの俺でも平野さんの今の表情を見ていたら聞いていいことかどうかは分かる。

 平野さんはあの後から表情はいつものように戻しているみたいだがどこか無理やり作っていることは薄々感じ取れる。

 でも、ふと考えがよぎる。

 これは話せないではなく話を切り出せないということではないだろうか。

 こういう時は何か話をするのを待つのではなくこちらから何があったか少しずつ聞いていくほうが良いのではないだろうか。

 こういう時こそ勇気を出さないでどうする。自分の名前の優は何のためにつけられた。こんな時に優しく聞くためなんじゃないのか。

 俺はゆっくりと平野さんのほうを見ると、この沈黙のけりを付けに行こうとした。


「あら、優気じゃない?」

「?」


 俺のせっかくの勇気を遮る声が聞こえた。

 この声には聞き覚えがある。というよりか今までの人生の中で一番聞いた声ではないだろうか。

 俺はさっきの決心を空のどこかへとやって体全体をゆっくり回して後ろを振り向いた。


「母さんと父さん⁉」

「やっぱり、優気だった」


 母さんは声の大きさが普通の代わりに、普段からテンションが高く回りよりも声が高いことから声が大きく聞こえる。


「何しているんだよ、こんなところで」

「何って、お父さんと昼ごはんを食べに来たのよ。そっちこそ何してるのよ」

「俺も昼ご飯を食べにきただけだよ…」


 母さんは終始、笑顔で俺の奥に座っている1人のとてもかわいい女の子のことを見ていた。すごく暖かくにやけた目をしていた。

 やっかいなことになったな。

 俺は、普段から家でクールなキャラを演じていというわけではないがあまり浮ついた話をするようなタイプでもない。もちろん、そういう話には興味があるのかないのかと言えばもちろん、健全な男子としてあると答えるが学校、特に家ではそういうことにはまったく興味がないようにふるまっている。

 そして、さっきから母さんは笑顔の奥の瞳からさっさと紹介しないさいという圧が見えるような気がするんだが気のせいだよな。

 さすがにこの状況でたまたま知り合ったということは使えないだろう。それに、親に友達として紹介しなかったら、平野さんは自分に責任があると感じてしまうかもしれない。それだけは絶対にいやだ。


「お母さん。紹介しておくよ。俺の高校の友達の平野さんだ」


 尚もお母さんの緩み切った表情は戻る気配はない。


「ねえ、もしかして優気の彼女さん?」

「はっっ⁉」


 思わず声を出してしまった。

 そしてまずいと思ってぱっと後ろを振り向くと、顔を真っ赤にしてあわてふためく女の子がいた。


「いっ、いえ違います。成実くんとは中学に入学した時からの友達でこれからもずっと友達です」


 いきなりの俺のお母さんからのトンデモセリフへの返事としてはすばらしいと思う。俺なら硬直して声はおろか首を横に振ることさえできないだろう。

 ただなぜだろう。


「おいくつ?」

「14歳です」

「あら、学年は下なの?」


 お母さんの笑顔が止まらない。


「いえ、学年は同じです。誕生日がもうすぐ来るので」

「そうなんだ」

「優気のどこがいいの?」

「お母さん!」

「あら、こういう話は優気がいないところでしたほうがよかったかしら」

「お母さん‼」

「よかったらLINE交換しましょう」

「嫌だよ!」

「あら、優気じゃなくて平野さんに聞いているんだけど」

「そうじゃなくて、普通にイヤだろ。お母さん何を言い出すか分からないし」

「あら、何か言われたらまずいことでもあるの?」

「いや、それはないけど」

「平野さんはどうかしら?」


 平野さんは少し動揺していたようだが少し俺と母さんの2人の会話が続いたため、落ち着きを取り戻すことができたようだ。


「はい。私はいいですよ…」


 やっぱり、さっきの表情が硬かったことと奥川さんの話を言い出せなかったということは無関係で単に緊張していただけだったのだろうか。

 そして、2人のLINEの交換が終わると、お母さんからの気遣い?によってこれ以上は詮索されることはなかった。ちなみに、お父さんに関しては終始興味なさそうに後ろの方で携帯を触ってニュースを見ているようだった。

 それからひとしきり話を終えると2人は何も頼まずに店を後にした。母さんからの帰り際のいらない耳打ちつきで。


「ああいうタイプは自分から積極的に行かないとだめよ。自分には優気しかいないと思わせたら勝ちよ。あと、同級生は付き合ったら喧嘩しやすいってよく言うから気を付けなさいよ」

「余計なこと言うな!」



 静かな喫茶店の中で思わず声を荒げてしまった。

 そして、今日のお母さんのにやけた表情を今後1カ月は忘れられないだろう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る