第34話 逃さねえよ

 またしても障壁が立ちはだかってくる。

 今度はなんだ? 聖女ローズか。

 この人は確か心臓をアリアに捧げていて、反逆的な行為を取ろうものなら即座に命が奪われるような身体になっていたはず。


「ローズ。もろとも斬るぞ」

「ええ、お好きなように」


 カリュオーンに力を込め強引に振り切ると、大地が捲り上がりローズとレイスが盛大に吹き飛ぶ。


 すかさず追いすがり、ローズがすかさず展開した第八指定の障壁を大上段から打ち付けて粉砕する。


 致命の一振りがローズに届く寸前、彼女の姿が前触れなく掻き消えた。


 これは──


「ちっ、お前が術者だったのか」

「それはどうかしらね」


 吐き捨てればローズは白々しく肩を竦める。

 閉じていたはずの瞳は全て開いていた。


「……欺瞞は飽き飽きだよ」


 同化率50。

 さらに加速する。

 俺と同化しながらもぎりぎり剣の姿を保つカリュオーンを、雷のような速度で振るう。


 また、ローズの姿が歪み、転移の前兆。


 しかし、俺の剣が先に届き彼女の身体を上下に二分する。


「ローーッッッズ!!」


 烈火のごとき表情で飛び込んできたレイスにローズの上半身を投げつけ、受け止めたところに切っ先の照準を合わせる。


 全てを終わらせる。

 そのために取った構えは、間に割り込むようにして落ちてきた聖女の錫杖が輝いたことに中断される。


「前が……っ!」


 光が晴れる。

 周囲には魔物の大群。

 これを引きちぎるようにして吹き飛ばし肉のカーテンを開けると、その先で五体満足なローズが先端に光を凝縮させた錫杖を俺の方へ向けていた。


聖域ホーリー・フィールド!!』

『ホーリー・デス』


 電光石火の光線。

 これを相殺、もしくは最低限確実に減速させる障壁で受け、即座に割り出した角度でカリュオーンを振るい後方へ流す。


 地平の彼方まで続く細長いクレバスのような割れ目と引き換えに、俺は事なきを得た。


「魔法じゃない……武器固有の技か」

「そうですわ。この竜の頭には、わたくしが何百年もの間溜め込んだ膨大な魔力が内包されています。瞬間出力だけなら、世界最強の武器なのは間違いないですわね」


 竜のアギトがゆっくりと閉じてゆく。

 その向こう側に、聖母のような表情で微笑むローズと──その肩に優しく手を置くレイスの姿があった。


 彼の目は異様に優しく彼女の頬は少し赤い。

 

 それはまさしく、愛し合う男女の形。


「あまり使うな、君の寿命が縮むだろう?」

「潰した心臓の代わりとはいえ、使わねばレイス……あなたが死んでいました。それだけはわたくし我慢ならないのです」


 妖しく絡み合う二人の会話から断片的にキーワードを掠め取る。


 潰した心臓……つまりは絶対の呪いを物理的に取り払ったってことだ。

 

 これは恐ろしいこと。

 

 魔族の力に聖女としての力。

 両方を兼ね備える彼女が危険因子としてこれまで計算されていなかったのは呪いあってこそ。

 溜め込んだ魔力──つまり、彼女は長い期間をかけて反逆する算段だったのだ。


 原作においてローズが裏切るような真似をしなかったのは機会──そう、レイスのような協力者を得ることができなかったから。


「なるほど……それで聖剣は回収できなかったのか」

「創造主のわたくしは聖剣が何処にあるのか常に把握できますので地下牢にルーシーちゃん、いると思ったんですけどね。まさか蛮族のプリシラが阿呆面で寝てるとは」

「奴の転移魔法は君に劣るとはいえ世界最高峰……全力で逃げに徹したならば簡単には捕まらない。とはいえ……すまない、僕が劣勢でなければ時間をかけてでも奪い返しに行けただろうに」


「いいえ、悪いのは全て姑息な総司令殿ですわ」


 二人は俺を相手取りながら、淡々とした会話を続ける。

 必死の刃が飛び交う空間を俺も共にしているというのに、蚊帳の外で舞い続けている感覚が常に付きまとう。

 

 胃の中が掻き回されるような気味の悪さだ。

 あまりにこいつらの世界が異質すぎる。

 一刻も早くこの場を離れたいとさえ思える。


「この辺りでいいでしょう。わたくしがこの場は受け持ちます。レイス、あなたは先へ急ぎ決着をつけてきてください」

「大丈夫なのかい? 君は……」

「今のわたくしは不死。それより、聖剣を持たぬあなたが心配ですわ」

「……そうだね。指揮を取る程度にしておくよ」


 音もなくレイスの姿が消える。

 ローズが魔都へ飛ばしたのだろう。


 残されたのは俺とローズ。

 相変わらず周囲は戦で騒がしいが、誰一人として俺たちを気にかけることは無い。

 少し前から俺とレイスが不自然な会話をしているというのに誰も突っ込んでこないのはおかしいと思っていたのだが、今になってみると分かる。ローズが巧妙に空間を遮断していたのだ。

 敵の俺に悟らせないほどの超精度で。


 だが、種が理解出来るのは心地が良いな。


 訳もわからず先手を取られまくっている時よりはずっと良い。


「うふふ……彼、素直で良い子でしょう? そうは思いませんか?」


 だから惚気に濡れたセリフも平静に受け流せる。


「思うわけあるか。どれだけしてやられたと思ってる」

「まあまあ……聞いてくださいまし。そうですね、彼との馴れ初めは──」


 …………さて、何はともあれルーシーに聖剣を持たせて国外に出すなどという愚行をしなかったことにより、少しはレイスの底が見えたな。


 以前、奴が未来を見ているのかもしれないと考えたが、これによって否定された。

 聖剣奪取という大ミッションを取りこぼしたのだ。たまたまということは無いだろう。

 

 未だ全貌は見えていないが、これでかなり動きやすくなったな。


 ここからどう出るか──頭を回転させていると大地が揺れ始めた。

 いや……大地、じゃないな。これは空間の揺れだ。


 こんなことが起きるのは空間魔法に対して攻撃が加えられている時、それ即ち──


「ッッッッの、クソ女がァ!!!! ぶっ殺しにきてやったぜぇええ!!!!」


 最強女の一角──プリシラの参戦。


 ローズに辛酸を飲まされてきたのは俺でなく彼女の方。

 以前の戦場から続く因縁を晴らさんとここまで追ってきたのだ。


「はは、最高だよプリシラ」


 ガラスが割れるような音が響き渡り、戦場のツワモノどもが一斉に俺たちの方へ顔を向けた時には既に俺はローズへ背を向けていた。


 転移魔法を使いこの場を去らんとする最中、すれ違いざまにプリシラと拳を突き合わせる。


「勝てよプリシラ」

「応ッ」

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